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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

貧困と生活保護(36) 権力を背負ってケースワークができるか

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 生活保護のケースワーカーは、貧困の問題を中心に福祉の仕事をする公務員です。福祉の仕事といっても、制度の企画や事業全体の運営ではなく、生活に困っている人と実際に接する現業の仕事です。そこには、経済的な給付を担当する面と、対人援助を行う面があります。

 生活保護の取材をしてきて感じるのは、ケースワーカーの多くは、行政職員という意識が強く、福祉の仕事という意識が低いのではないか、ということです。制度を適用して経済的給付を実施する行政職員という立場は、上からの目線になりがちです。それは、現代の社会福祉で基本になっている対人援助のスタンスとは違います。保護の停止・廃止まで含めた権力を背負いながら、本当にケースワーク(個別支援)ができるのでしょうか。

行政職員か、福祉の職業か

 ケースワーカーの多くに行政職員という意識が強い背景のひとつは、大半の自治体が職員採用のときに専門性を重視せず、人事異動にあたっても専門性を軽視している点にあります。一部の自治体を除いて、もともと福祉職の枠で採用された職員はわずかです。きのうまで住民登録や税金や健康保険の仕事をしていた事務系の職員が、本人の希望と関係なく福祉事務所へ異動し、十分な研修も受けないまま働いて、2~3年たつと別の部署へ異動していくほうが一般的なのです。しかも生活保護部門は、自治体職員の間であまり好まれている部署とは言えず、「次の人事異動まで、しばらく我慢の期間」といった感覚の職員も少なくありません。むしろ、最初から生活保護担当として公募で採用された非正規のケースワーカーのほうが、福祉の職業という意識をしっかり持っている傾向があるようです。

 行政職員でも、たとえば街づくりのような分野では、柔軟な発想やアイデアが求められますが、法律・制度を適用していく分野では「しっかり管理する」「ミスをしないように」という発想が強くなることがあります。生活保護のように経済的給付を行う制度では、なおさらです。少なくとも、どこかで見破れるレベルの不正受給を見逃してはいけないので、管理の意識を持つのは当然かもしれません。

 ですが、「給付する」という立場と、「給付を受ける」立場は、上下関係になりがちです。法律上の権限は別にしても、人と人の間の力関係という意味で「権力性」を帯びるわけです。

社会福祉は同じ目線で支援

 一方、社会福祉の相談援助(ソーシャルワーク)は、上下関係ではなく、相手と同じ目線で支援することを重視します。いわば水平の位置関係での支援です。このスタンスは、社会性と並んで、ソーシャルワークの生命線です。

 古くは欧米でも、貧困状態にある人々について、本人の生活態度に問題があるとみて、上から指導するようなアプローチをした時代があったのですが、やがて、スタンスが変わってきました。

 実は、「援助する」という立場も、「援助される」立場の人に対して、上からの姿勢・意識になるおそれがあります。たとえ給付などの権限がなくても、人間関係のうえで権力を持ってしまう。支援者は、そのことを自覚して支援にあたる必要があります。

 生活保護法には「指導・指示」という用語が使われています。法律ができた1950年には、それが自然だったのかもしれませんが、現代の社会福祉の考え方からは、かけ離れた言葉です。

バイステックの7原則

 社会福祉の対人援助の古典に「バイステックの7原則」があります。ケースワークを行うときに、援助する相手と関係を築くための基本的な作法を、1957年に米国の研究者がまとめたものです。社会福祉に限らず、人とかかわるときの参考になります。少しかみ砕いて紹介しましょう。

<1>個別化=相手を一人ひとり、名前を持った個人としてとらえる。問題は人それぞれに異なり、全く同じ問題は存在しない。たとえば「脳梗塞で寝たきりの高齢女性」といった属性で判断しない。

<2>意図的な感情の表出=相手が自分の気持ちを抑えることなく、否定的な感情を含めて吐き出せるようにする。

<3>統制された情緒的関与=援助者は感受性を発揮し、共感などの態度を示す。ただし自分の感情を自覚してコントロールしながら行う。

<4>受容=相手の長所、短所を含めて、ありのままを受けとめる。言いなりになる必要はなく、社会のルールや市民道徳に反する行為を認めるわけではないが、頭から否定せず、どうしてそうなるのかを理解するよう努める。

<5>非審判的態度=相手を一方的に非難しない。自分の価値基準で裁いたり評価したりしない。その行為が問題解決のために良いか悪いかの判断は、相手自身にしてもらう。

<6>自己決定=相手の人格を尊重し、自分自身の考えや意思に基づいて決定し、行動できるよう援助する。

<7>秘密保持=プライバシーや個人情報を守る。

 以上の原則に反する言動や態度をとると、相手はいやな気分になり、よい関係を築けない。適切な援助にならないわけです。とくに個別化、非審判的態度、自己決定を意識する必要があるでしょう。

 ところが、生活保護担当の自治体幹部に尋ねても、この古典的な原則を知らないと言われたことが何度かあります。そういう初歩的な素養さえない人が、ケースワーカーとして働き、査察指導員として部下の指導にあたり、ときには課長までやっているのは、恥ずかしいことだと思います。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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