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室伏由佳のほっこりスポーツカフェへようこそ

医療・健康・介護のコラム

4年に1度のチャンスをどうつかむか?オリンピックに魅せられて(後)喜びと共に立ったオリンピックスタジアム

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 8月になりました。みなさん、猛暑の中ですが、いかがお過ごしですか。ついにリオデジャネイロオリンピックが開幕しましたね。今回のカフェは前回の続き、私が出場した2004年アテネオリンピックへの道のりについて、続きを書きたいと思います。

海外選手との体格差、勝負は“センス(感覚)”のみ

 2004年7月12日。私はアテネオリンピックの代表入りに歓喜していました。こんなチャンスが訪れるなんて、夢のようでした。

 私は、 投擲(とうてき) 選手としては身体が細く、決して恵まれた体格ではありませんでした。2004年アテネオリンピックの時、身長170cm、体重は65~66kg、除脂肪体重(全体重のうち、体脂肪を除いた筋肉や骨、内臓などの総量)は60kg弱だったと思います。国内では、同じぐらいの身長の選手がいましたが、体重に関しては約10kg以上差があり、最も「小柄」な投擲選手でした。

 オリンピックや世界選手権に出場する選手とはさらに差があります。平均的に、身長175~185cm、体重は80~90kgといった体型の選手ばかりです。コーチである父が、競技会場のスタンドから助言をするのに、よく冗談で「由佳がまずどこにいるかを探すとこから始まる」と言っていました。

 体型や筋肉量で勝る要素は一つもありません。私が勝負できるのは、感覚、すなわち神経系を司る「センス」の部分でした。誰よりも正確で効率の良いテクニックを身に付けるのに、針の穴に糸を通すような感覚でトレーニングに打ち込みます。美しい回転を目指し、技を磨き、そして記録が伸びていくのがとても楽しく感じられました。

 それにしても、国際的な活躍を目指すのには、あまりにも不利な体型です。国際大会出場を狙うのには、誰が見ても難しい競技選択をしたことは間違いありません。そんな自分でも、オリンピックに出場するための国際基準記録を満たせたことは、自他ともに驚きでした( 前編カフェ  参照:A記録=67m50、B記録=64m00)。

思いがけない好記録、再び日本記録の更新へ

 オリンピック選出の発表から約2週間後の8月1日。私は、3週間後のアテネオリンピック女子ハンマー投げの予選に向け、シミュレーションの位置づけとして大会に出場します。山梨県富士吉田市で行われた短距離種目をメインとした大会、「スプリントチャレンジカップ2004年大会」では、男女のハンマー投げも実施されました。陸上短距離の代表選手が同じく調整試合に出場していたこともあり、会場は観戦で (にぎ) わっていました。

 試合が始まり、第1投目。思いがけない結果が出ます。投げ出したハンマーがフィールド内に落ちると、歓声が上がりました。投擲サークルから目視では正確な距離が分かりませんでした。歓声も上がったことから、まずまず良い記録ではないかと想像しましたが、手ごたえとして「65~66mぐらいかな?」と想定していました。これまで感じたことのない「軽やか」な回転の感触があり、「今日は調子がよさそう」と手応えを感じていました。

 投擲サークルから出て、間もなく測定された記録が読み上げられます。結果はなんと、67m77。自己記録の66m68を1m以上も上回ったのです。日本記録の更新、そして、オリンピック選考の国際基準A記録を上回りました。

陸上スプリントチャレンジカップで日本新記録を出した(2004年8月1日)」

陸上スプリントチャレンジカップで日本新記録を出した(2004年8月1日)

 B記録で代表選考入りを果たした後、私は浮かれることなく、すぐに強化トレーニングを開始しました。この日のために多少調整はしたものの、疲労感もあり、A記録を突破することは正直想像もしていませんでした。65~66mぐらいは投げたいと思っていましたが、大きな記録を狙うこともなく、ただオリンピック本番を意識し夢中で投げた結果、練習でも投げたことのない記録に到達しました。予想をはるかに超える記録に驚き、飛び上がって喜んだことは忘れられません。

 記録を狙うスポーツは、試合の日にピークを合わせるために、徐々にトレーニング強度や負荷回数を下げ、身体的な疲労を取り除いていきます。その法則から、コーチである父が常々言っていたことがあります。「試合というのは、練習量を落として調整して出るのだから、普段の練習の記録より1~2mは伸びるものだ」。つまり、練習通りかそれ以上の記録が出なければ、トレーニング自体に問題があり、解決すべき課題があると言えます。

 これまでの私は、競技会よりもトレーニングの記録の方が良いことがほとんどでした。練習通りどころか、いまだかつて投げたことのない記録を大会で投げられたことで、さらなる可能性を感じました。「私には、まだ成長できる可能性が残されている」。そう感じました。準備は十分にできていました。早くオリンピックの日にならないか、待ち遠しささえ感じていました。

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室伏由佳(むろふし・ゆか)

 1977年、静岡県生まれ・愛知県出身。株式会社attainment代表取締役。2004年アテネオリンピック女子ハンマー投げ日本代表。円盤投げ、ハンマー投げ2種目の日本記録保持者(2016年4月現在)。12年9月引退。

 アスリート時代には慢性的な腰痛症などスポーツ障害や婦人科疾患などの疾病と向き合う。06年中京大学体育学研究科博士課程後期満期退学(体育学修士)。スポーツ心理学の分野でスポーツ現場における実践的な介入をテーマに研究。現在、スポーツとアンチ・ドーピング教育についてテーマを広げ、研究活動を継続。現在、上武大学客員教授、朝日大学客員准教授や、聖マリアンナ医科大学スポーツ医学講座、徳島大学医学部、中央大学法学部など、複数の大学において非常勤講師を務める。スポーツと医学のつながり、モチベーション、健康等をテーマに講義や講演活動を行っている。日本陸上競技連盟普及育成部委員、日本アンチ・ドーピング機構アスリート委員、国際陸上競技連盟指導者資格レベルIコーチ資格、JPICA日本ピラティス指導者協会公認指導師。著書に『腰痛完治の最短プロセス~セルフチェックでわかる7つの原因と治し方~』(角川書店/西良浩一・室伏 由佳)。

公式ウェブサイトはこちら

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1件 のコメント

以外に思いました

やす

負荷を軽くする調整の段階で良い結果が出る。 そんなことがあるんですね。 でも、それは良く知られている事実であるのですね。 心技体、全ての要素をベ...

負荷を軽くする調整の段階で良い結果が出る。

そんなことがあるんですね。

でも、それは良く知られている事実であるのですね。

心技体、全ての要素をベストの状態にバランス良く調整する事の難しさを

室伏さんの言葉から感じました。

肝はセンス・・

一番扱い辛いやつなのでしょうか?

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