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教訓 群大手術死

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[教訓 群大手術死](中)診療の「質」どう上げる

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全死亡例チェック、三重大の挑戦

[教訓 群大手術死](中)診療の「質」どう上げる

 「群馬大学の問題は、いわゆる医療事故とは異質。医療の質が問われている」

 昨年8月、第三者からなる調査委員会の初会合後、東京都内で開かれた記者会見。委員長の上田裕一・奈良県総合医療センター総長は、そんな見方を示した。

 確かに、診療全般の質が標準レベルに達していなかったことが、深刻な事態を招いた。死亡例個々の経過を見れば、ミスもある。ただ、過去に注目された患者の取り違えや薬の誤投与といった明確な医療ミス事例とは、性質が異なる。

 群馬大病院では、肝臓の 腹腔鏡ふくくうきょう 手術を受けた患者8人が相次ぎ死亡した。術前検査や手術、術後管理のいずれにも何らかの問題があり、説明や記録の乏しさも目立った。開腹手術も同様だ。ただし、当事者たちにその自覚はなかった。

 「しょうがない合併症だと思うんだよね」

 発覚当初、問題になった旧第二外科の教授は、同僚にそう話したという。執刀医も、問題という認識は薄かった。

 「診療に問題があって患者が死亡しても、『やむを得ない合併症』で済んでしまうことはある」と、別の大学病院の医師は、医療現場の実情を語る。

 一連の問題を受け、厚生労働省は今年6月から、大学病院など高度な医療を担う特定機能病院の承認要件を厳格化し、安全対策を強化した。その一つが、入院患者が死亡すれば全て、病院の安全管理部門に報告するよう義務づけたことだ。

 現場で「やむを得ない」とされた死亡例も拾い上げ、必要に応じ検証することができる。群馬大のような事態は避けられるはずだ。

 10年前から、死亡例の全例チェックをしてきた国立大学病院もある。

 三重大学病院(津市)は、全死亡例のカルテをチェックする形で、事故や診療上の問題の見逃しを防ぎ、その教訓を生かす努力を続けてきた。

 2006年に院長の肝いりで始まったこの手法で、導入から8年間に把握した入院患者の死亡例1856件を精査した結果、131件に何らかの疑問点が見つかった。うち21件は事故調査委員会を設置し、残りは関係者に面談するなどして医学的に検証し、改善すべき点を探った。

 当初は「人の家に土足で入って来るのか」と反発があった。しかし、診療科間の垣根を越えた議論がしやすくなり、メリットが実感されるようになった。

 地方の国立大学病院で、医師や看護師が大都市に流れ、人材不足に悩んできた。それでも地域で「最後の とりで 」の役割を期待され、重症患者の診療を担わねばならない――。群馬大病院と、置かれた状況は同じだ。三重大病院の取り組みは、厳しい中でもできることはある、と示している。

 「入院患者の平均在院日数やベッドの稼働率は気にしても、先月、患者さんが何人亡くなったかに関心を持つ病院は少ない。しかし、本来、死亡例ほど病院にとって重要な情報はない」

 担当の 兼児かねこ 敏浩・副院長は、講演などで医療関係者に意義を語ってきた。しかし、死亡全例チェックは広がらなかった。人手不足や現場の抵抗感が主な原因とみられる。

 「群馬大の問題をきっかけに、流れが変わった。日本の医療安全は、ミス防止にとどまらず、いかに診療の質を向上させるかが問われる、新しい時代に入った」

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