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松永正訓の小児医療~常識のウソ

コラム

相模原の事件 障害児が生まれると不幸になる?

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 7月26日未明、神奈川県相模原市の知的障害者施設に男が侵入し、5本のナイフや包丁で19人もの障害者を殺害するという事件が起きました。

 被害者の数が戦後最悪であることに衝撃を感じますが、それ以上に恐ろしいのは犯人の動機にあります。

 「障害者は死んでくれた方がいい」

 このような (ゆが) んだ考え方が大量殺人につながったのだと思います。事件が起きた直後、私は友人である作家の児玉真美さんから電子メールをもらいました。児玉さんには、 (うみ) さんという成人した重複障害のお嬢さんがいます。海さんは施設に入所しており、週末になると自宅へ帰ってくるという生活をしています。児玉さんがお子さんを深く愛していることは言うまでもありません。

 児玉さんのメールにはこう書いてありました。

 「くやしい。本当に、くやしい。かなしい。やりきれない。そしてものすごく、おそろしい」

 障害児(者)を持つご家族にとって、この事件は 他人事(ひとごと) ではありません。もしかしたら自分の子どもが殺されていたのかもしれないのです。痛ましいとか、許し難いとか、そういった感情よりも、「こわい」という気持ちが湧き上がってくるのです。

 なぜこういう事件が起きてしまったのでしょうか? そしてどうすれば同じような事件が防げるのでしょうか? 政府与党の政治家さんからは、措置入院制度を見直すとか、障害者施設の警備を再考するとか、犯罪をほのめかす人にはGPSを埋め込むなどという発言が出ています。そういうことで解決できるのでしょうか? 私はこの事件をきっかけに、私たち自身が障害児(者)とどう向き合っているのかもう一度考え直してみる必要があると思います。

 

障害児が生まれた時の3つの神話

 

 あなたにはとても親しくしている友人がいます。その友人の家族に新しく赤ちゃんが生まれたとします。その赤ちゃんがダウン症であると教えられた時、あなたは素直に「おめでとう!」と言えますか? 一瞬、何と言っていいのか困ってしまうのではないでしょうか? その理由は何でしょう? それはあなたの心の中に、障害児が生まれるのはかわいそうという気持ちがあるからです。

 生命倫理学に詳しい信州大学の玉井真理子先生は、障害児が生まれると3つの神話が発生すると言っています。その神話とは次の3つです。

 1 障害児を育てるにはお金がかかる

 2 きょうだいがイジメにあう

 3 親亡きあとに行き場がなくなる

 玉井先生はこの3つはすべてウソだと言っています。私もこれまでに、医者という仕事を離れて、20を超える障害児の家族に話を聞かせてもらった経験があります。その経験からも玉井先生の (おっしゃ) る通りだと思います。

 日本の医療制度・福祉制度に様々な欠点があるのはその通りですが、意外に捨てたものではありません。障害児をケアしたり、医療機関にかかる時、多くの補助制度があります。お役所手続きがとても煩雑だという難点はありますが、金銭的には健常児を育てるよりもお金はぜんぜんかかりません。

 イジメというのは、実に多くの原因が複合して起きるもので、きょうだいが障害児などという単純な理由でイジメは起きません。また両親の離婚が多いという説もありますが、これもウソです。現在の日本では2.9組に1組が離婚しています。今や離婚は決して珍しい現象ではありません。障害児を授かったから離婚率が増えるというのは、私の見聞きした経験ではあり得ません。

 親亡き後の障害児のあり方を、親御さんはとても心配します。ですが、日本の福祉はそこまで貧弱ではありません。障害者支援施設への入所のほかにも、地域のグループホームで暮らすという選択肢もあります。お金の管理も成年後見制度を使って、障害者に不利益にならないようにすることも可能です。障害者が行き場所を失って路頭に迷ったなどという新聞報道など見たことありませんよね?

 これらの神話はすべてウソであり、私たちの目は偏見で曇っているのです。

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松永 正訓(まつなが・ただし)

 1961年、東京都生まれ。1987年、千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。日本小児外科学会・会長特別表彰(1991年)など受賞歴多数。2006年より、「松永クリニック小児科・小児外科」院長。

 『運命の子 トリソミー  短命という定めの男の子を授かった家族の物語』にて2013年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。著書に『小児がん外科医 君たちが教えてくれたこと』(中公文庫)、『子どもの危険な病気のサインがわかる本』(講談社)など。

 ブログは http://wallaby-clinic.asablo.jp/blog/

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7件 のコメント

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追記

松永正訓

「私たちの誰もが、心の深い部分に障害者に対して差別する心を抱えていないでしょうか?」というのが、この原稿の私の主旨です。「自分は何かに対する差別...

「私たちの誰もが、心の深い部分に障害者に対して差別する心を抱えていないでしょうか?」というのが、この原稿の私の主旨です。「自分は何かに対する差別者ではないかと問いかけてください」とも主張しています。
こうした意見に対して、障害者の家族から「綺麗ごと」とか「中途半端な無知」という言葉が出て来るのを大変関心を持って読ませて頂きました。
日本には、障害児が生まれると「こういう不幸な子は助けないほうがいい」と赤ちゃんを見捨てる医者がいます。私はそういう側に立たないとあらためて意を強くしました。

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松永正訓さんが中途半端な無知の例では?

重度知的障碍者の弟を持つ40代男性です。 両親が他界してからは弟は施設に居ます。 知的障碍者をもつ親は、その半生をその障碍者の世話のために心身そ...

重度知的障碍者の弟を持つ40代男性です。
両親が他界してからは弟は施設に居ます。

知的障碍者をもつ親は、その半生をその障碍者の世話のために心身そしてお金も費やします。
しかし兄弟は半生ではなく一生です。
幼少期は苛められる事もあります。
社会人になってからは、縁談が破談する事もあります。

そういった事実があること、お考えになったことはありますか?
上記の例が、ごく一部の特殊な例だと思いますか??

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子どもに課せられる現実

right

息子2人が視覚障がいと自閉症スペクトラムです。社会的に子どもに課せられるレベルがあがっていて、親としては正直劣等感を感じざるをえません。ひと昔前...

息子2人が視覚障がいと自閉症スペクトラムです。社会的に子どもに課せられるレベルがあがっていて、親としては正直劣等感を感じざるをえません。ひと昔前なら個性と捉えて、みんなで一緒にということはあっても、大人が決めた高いレベルの中他の子の足を引っ張っては他の親も煙たがります。登校でさえも何か事故になったらと周りが危惧してなるべく送迎にするように勧められたりします。そういうところを親も見てストレスに感じます。支援学校は分ける、とかでなく親子にとってすごく楽な環境です。なので選んでしまう、が適切なような気がします。

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