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教訓 群大手術死

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[教訓 群大手術死](上)「二つの外科」深い溝…「専門同じでも口きかず」

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 度重なる手術死はなぜ防げなかったのか。群馬大学病院の手術死問題から教訓を読み取り、医療現場のあるべき姿を考える。

「関知せず」

 全国から集まった300人を超える外科医で、ホテルの大会場は熱気に包まれた。今年4月、大阪市で開かれた日本外科学会の総会。来年の学術集会を取り仕切る会頭に、群馬大学の旧第一外科教授を就任させるかどうかが焦点になった。

 「第二外科の患者さんが亡くなられていたことは、関知していませんでした」

 出席者によると、教授は発言の機会を与えられ、このように釈明したという。

 手術後に患者の死亡が相次いだ群馬大病院。2014年11月、第二外科の同じ執刀医による 腹腔ふくくう 鏡手術の問題が明るみに出た。後に開腹手術でも死亡が多いことが発覚した。

 会頭は学術集会の3年前に内定し、就任するのが通例。しかし、社会問題になった群馬大の教授であることに加え、総会の半月前には第一外科の手術でも死亡率が高かったことが判明。総会は賛否を巡って激論となり、異例の信任投票の結果、172対159の小差で就任が認められた。

 「同じ病棟で診療しながら知らないとは。群馬大には患者のために協力する発想はないのか」。出席者の一人は嘆いた。

重なる診療

 群馬大では、第一外科と、後からできた第二外科とが対立してきた。手術死問題を受け、昨年4月に統合されるまで二つの外科は、消化器、呼吸器、乳腺といった分野で、同種の診療を二重に行っていた。

 以前はトップの教授の専門が、第一外科は消化器、第二外科は循環器と一定のすみ分けはあった。それが崩れたのは06年、手術死で問題になった執刀医を後に指導する第二外科教授が就任したことだ。同教授は、第一外科の教授と同じ消化器外科医だった。

 「一外と二外は100年戦争になる」。関係者はささやき合った。循環器や乳腺の対立候補を抑えた教授選は激戦で、溝は一層深まることになった。

 同じ年の12月、第一外科による生体肝移植の事故を受けた検証結果を発表する記者会見で、当時の病院長は記者団に明言した。

 「来春をめどに第一外科、第二外科に分かれていた移植チームを一本化する」

 外部の専門家から、同種の診療を行う異常さを指摘されてのことだったが、公式発表もどこ吹く風、統合は立ち消えになった。

 第一外科の消化器外科医は「第二外科の人とは、専門が同じでも口をきくことはなかった。どんな人かも知らない」と話した。

患者にしわ寄せ

 第三者委員会の調査によると、死亡が相次いだ肝胆 すい (肝臓、胆道、膵臓)の分野では、第一外科3~6人、第二外科1~2人と分かれていた。合わせても多いとは言えない体制で、劣化した診療のしわ寄せは患者に及んだ。

 現在、外科は一つになったが、詳しい運営の実態は明らかにされていない。過去の苦い経緯もあり、今後真価が問われる。

 ある患者家族の女性は、第二外科の問題が最初に報道された14年11月から間もなくの出来事を覚えている。夫が手術を受けて退院し、執刀医の外来診療を受けた時のこと。「報道されたのは先生のことですか」。質問に対する執刀医の返事は、答えにならないものに聞こえた。

 「うちのグループのことですが、仲の悪い第一外科が、よくない情報を流しているんだと思います」

 女性には今も疑問のままだ。「先生は一体、何を言っているんだろうと思いました。患者には、そんなこと関係ないですよね」

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