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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

相模原の事件で問われることは何か

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 あまりにも衝撃的で、おぞましい事件が起きました。

 神奈川県相模原市の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で7月26日未明、入所者19人が刃物で殺害され、26人が重軽傷を負いました。逮捕された容疑者は、この施設に以前勤めていた26歳の男性で、「障害者なんていなくなればいいと思った」という趣旨の供述をしているということです。理不尽な理由で、就寝中に次々と襲われた被害者の恐怖と苦痛を思うと、やりきれません。

 今の段階で強調しておきたいことが2点あります。

 第1に、容疑者は措置入院になっていた時期がありますが、本当に何らかの精神障害があったかどうかは、まだよくわかりません。したがって、精神障害による犯行と決めつけたり、事件を予防できなかった原因を精神科医療システムに求めたりするのは、時期尚早だということです。

 第2に、はっきりしているのは、重度の障害者は死なせるのが本人と社会のためだという、ゆがんだ確信を容疑者が抱いていたことです。容疑者個人の特異性で片づけるのではなく、私たちの社会の中に存在する差別の思想と向き合い、しっかり闘っていくことが重要だと思います。

 

精神科医療にゆだねてよかったのか

 

 報道によると、容疑者は今年2月14日と15日、東京・永田町の衆院議長公邸を訪れ、「障害者総勢470名を抹殺することができます」「職員の少ない夜勤に決行致します」などと書いた手紙を預けました。内容を見た警視庁麹町署が神奈川県警津久井署に対応を依頼。同署から連絡を受けた施設が面談した時も「障害者はいなくなったほうがいい。間違っていない」と言ったため、職員としてふさわしくないとして2月19日に自主退職させました。

 同じ日、津久井署が事情聴取したところ、「重度障害者の大量殺人は日本国の指示があれば、いつでも実行する」などと話したことから、同署は通報を相模原市に行い、それを受けて市は、指定医の診断を経て、精神保健福祉法に基づいて県内の病院に緊急措置入院させました。22日には指定医2人が診察を行い、正式の措置入院になりました。しかし3月2日、措置入院の要件に該当する症状がなくなったとして措置は解除され、退院していました。

 精神保健福祉法による措置入院は、精神障害によって自分を傷つけたり他人に危害を加えたりするおそれがある場合、知事または政令指定市長の行政権限によって行われる強制入院制度です。精神保健指定医の資格を持つ医師2人の診断に基づいて行われます。より急を要する場合に指定医1人の診断で72時間を限度に行えるのが緊急措置入院です。

 かなり具体的な犯行の示唆があったのに、なぜ防げなかったのか。出口の段階である措置解除の妥当性やその後のケアに目が向きがちですが、その前に、本当に措置入院の対象だったのか、大量殺人を公言している人物を精神科医療にゆだねるのが妥当かという点を、検討する必要があると思います。

 

医師の診断が正しいかどうかはわからない

 

 2月19日に緊急措置入院になった時の血液・尿の検査では、大麻の陽性反応が出ていました。措置入院に切り替えた段階の指定医2人はそれぞれ「大麻精神病、非社会性パーソナリティー障害」「妄想性障害、薬物性精神病性障害」と診断したということです。

 とはいえ、その診断が正しいかどうかは、まだわかりません。精神症状が本当にあったのかも検証が必要です。同じ患者でも精神科医によって診断が異なることはよくあります。また精神科には多種多様な診断名があり、つけようと思えば、たいていの人に診断名をつけることができます。他害のおそれが明らかでも、精神障害でなければ措置入院の対象にならないのですが、大量殺人をすると言っている人間を放置できないという理由で、診断名をつけて強制入院させるというケースも考えられます。

 重度障害者はいないほうがよいという考えは、差別思想であって、それ自体が妄想とは言えません。妄想とは、現実とかけ離れた確信を抱くことです。たとえばヘイトスピーチをする連中が「○○人をぶっ殺せ」と叫んだからといって、精神障害による妄想ではありません。

 もしパーソナリティー障害や妄想性障害なら、簡単な治療法はなく、わずか12日間ほどで状態が大幅に改善するとは考えにくいものです。もし大麻や薬物の影響があったなら、依存症のことが多く、定期的な通院か回復支援施設の利用といったフォローなしで退院させるのは理解しにくいことです。

 なお、大麻取締法では単純使用には罰則がなく、病院が警察へ通報する義務もありません。そもそも違法薬物を使っていた患者を知った医療機関がいちいち警察に通報していたら、患者から本当の話を聞けず、依存症の治療ができなくなります。

 

池田小事件の報道の教訓

 

 なぜ、精神科の診断はあてにならないと強調するのか。2001年6月に児童8人が殺害された大阪教育大付属池田小学校事件の教訓があるからです。

 池田小事件の犯人は、精神病の診断で過去に何回も入院し、傷害事件を起こしたあと精神障害を理由に不起訴になって措置入院していた時期もありました。それを受けて精神障害による犯行という印象を与える初期報道が行われたのですが、人物像や行動を調べていくと様相が変わり、やがて本人が病気を装い、周囲の関係者がだまされていたことがわかってきました。裁判では、証人出廷したすべての医師と鑑定人が精神病を否定し、過去の病名についても「保険請求のための診断名」「前の医師がそういう病名をつけていたから」といった証言がありました。結局、極端な人格ではあるが精神病ではないとして完全な刑事責任能力を認めた1審判決が確定し、死刑が執行されました。

 報道する側として、この事件は苦い経験でした。事件の核心部分について初期報道で誤ったイメージが広がり、精神障害者が危険視されるという2次被害も起きたのです。精神科医の診断も、警察・検察の刑事責任能力に関する判断も、うのみにはできない。たとえ入通院歴、診断名といった「事実」があっても、それが「真実」とは限らない。そのことを痛感したのです。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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