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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

相模原の事件で問われることは何か

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警察に手だてはなかったのか

 

 相模原の事件で、もうひとつ検証が必要なのは、警察の対応です。2月に大量殺人を予告する手紙を届け、警察官にもその意図を話したのに、精神科医療に頼る以外、刑事司法として何の方策もなかったのかという点です。

 考えられる罪名のひとつは業務妨害。ネット上の爆破予告などでも適用されています。容疑者に業務妨害の目的があったかは微妙ですが、大量殺害の発言を受けて施設が防犯カメラ設置などの対策を取ったのだから、成立する可能性はあるでしょう。脅迫罪は、相手または親族の生命、身体、自由、名誉、財産に対する害悪を相手に告知することが要件で、衆院議長、施設、警察に告げても脅迫罪の成立はむずかしいかもしれません。そして殺人予備罪。殺人目的で凶器を準備していた場合などに適用できます。

 警察は、まさか本当にやると思わなかったのか、それとも犯罪の構成要件の関係でむずかしいと判断したのか。たとえ逮捕できなくても、取り調べと家宅捜索ぐらいできなかったのでしょうか。一定の歯止めになるし、結果論ですが、捜索すれば刃物や大麻が見つかったかもしれません。

 大量殺人やテロの計画を公言する人物がいても、もし刑事司法が何もできないとすれば、それでいいのか心配になります。精神障害と関係なく、何らかの政治的・宗教的・社会的信念を抱いた人間が大事件を起こすことは十分ありえます。社会防衛のために閉じ込めることは、精神科医療の本来の役割ではないし、思想は治療できません。対策を考えるとすれば、明白な殺害予告に対処できない刑事法制の不備のカバーではないでしょうか。

 

意思疎通できないことはあるのか

 

 容疑者は、12年12月から津久井やまゆり園に非常勤で勤務。13年4月から常勤職員になりました。当初から障害者を見下すような行為があり、今年2月に入ると、職場で障害者の尊厳を否定する暴言を吐くようになったといいます。社会福祉の事業費が抑えられる中、障害者施設の職員は、仕事が大変なわりに賃金が安く、人手不足になりがちで、適格と確信できない人でも雇わざるを得ない状況があるようです。もともと福祉の仕事に向かないタイプだったのかもしれないし、仕事を続ける中でやりがいや楽しさを見いだせなかったのかもしれません。

 障害者施設の入所者には、生活の介助に手のかかる人が多く、いろいろ困った行動を繰り返す人もいます。容疑者は「意思の疎通のできない人を刺した」と供述したようですが、重度の重複障害者で言葉のやりとりができない人でも、感情や快・不快の気分はあるものです。言語以外を含めたコミュニケーションの工夫から、仕事の喜びも生まれるはずですが、それには人を大切にする態度と、ある程度の専門知識、努力、経験が必要です。教育、研修、指導がどうだったかも気になります。

 それにしても、重度障害者は安楽死させようという極端な考えに、どうして凝り固まったのか。過去の無差別殺傷事件は何らかの生きづらさを抱えた人物の衝動的な犯行が多かったのと異なり、今回は計画的な確信犯で、主観的には正義感から実行したようです。衆院議長への手紙では、殺害計画を実行すれば国が喜んでくれると考えていたフシもあります。仕事上の不満やストレスだけでなく、何らかの影響を受けたものがあったのか、解明が求められます。

 

すべての人に生きる権利がある

 

 障害者の尊厳や存在を否定する考えは、けっして容疑者独自のものではなく、昔からあります。

 20世紀前半には、遺伝学の見地から不良な子孫の出生を防ごうという「優生思想」が世界各国で幅をきかせました。極端な形で実行したのがナチスドイツで、ユダヤ人の収容・虐殺に先行して、精神障害者、知的障害者、神経疾患の患者などを安楽死させる「T4作戦」を秘密裏に進めました。犠牲者は30万人と推計されています。価値なき生命は、死なせたほうが本人にも幸せだと考えたのです。

 日本では、殺害までいかなかったようですが、1948年に優生保護法が制定され、96年まで存続していました。精神障害者や知的障害者らに約1万6500件の強制不妊手術が行われ、中絶の強制もありました。ハンセン病患者らにも事実上の強制不妊手術が行われました。

 障害者を社会の対等な構成員とする現代の考え方は、自然にあったわけではありません。障害者の人権、生活保障、社会参加を求める運動が長年にわたって続けられ、行政や政治の理解も広がる中で、ようやく確立してきたものです。日本は14年1月に障害者権利条約を批准し、それを反映させる障害者差別解消法が今年4月に施行されたばかりです。法制度にも社会にも、まだまだ不備があります。

 重度の知的障害者の生活の場は、かつて大規模施設への入所が多かったのが、2000年代以降、グループホームを含めた地域への移行が進められてきました。しかし津久井やまゆり園は7月1日時点で入所149人という大規模施設。共生社会の実現が道半ばであることの表れとも言えます。

 障害者、高齢者、病者、貧困者をはじめ、社会的に弱い人々を社会のお荷物と見る傾向は、今でも世の中の一部に存在します。社会保障の財政負担に関連して、そういう風潮はむしろ強まっているようにも感じます。ネット上では、障害者を蔑視する書き込みが以前から珍しくありません。今回の事件で容疑者の供述や手紙の内容が報道され、結果として差別思想が広く流布されたことも、類似の犯罪につながらないか、心配です。

 すべての人に個性と尊厳、よりよく生きる権利がある。価値なき生命など存在しない。そのことを政府、自治体など公的機関、報道機関、そして良識ある個人と団体が、確信を持って積極的に発言していくことが、とても重要だと思います。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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