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大学病院でがん患者を看護する立場から 梅田恵

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

【延命治療】“人として生きる”イメージは人それぞれ

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 「数日でも伸びれば、 (のこ) される家族の思いが落ち着くのでは」と延命処置を求める意見、「100歳まで生きて父は十分満足しているだろう」「出血しやすくなっている高齢の父の体をこれ以上傷つけるのは忍びない」「寝たきりの状態での延命は望まないだろう」など延命処置は必要ないといった意見が交わされました。しかし、家族の話し合いの結果を待たず、ほんの1時間ほどの間に父は息を引き取りました。

 果たして、父はどのような意向をもっていたのでしょうか?

 父にこのような状況での意思の確認ができていたら何かが違ったのでしょうか?

 延命を求めなかった家族の判断は、父の意思を代弁できていたのでしょうか?

 最期の時の準備について、どうして父と話し合えなかったのでしょうか?

残されたさまざまな問い

 さまざまな問いが残されました。これらの問いは明確な答えがあるのではなく、考え続けることなのかもしれません。しかし、一方で、看護師として考えていた、延命治療の選択や最期の準備をすることの必要性について、やはり重要なのではないかと改めて考えています。

 医療の進歩はめざましく、延命方法は高度化し延命の可能性をどんどん拡大しています。やはり、自身の意向に沿って医療を利用するには、延命処置の意味や限界を知り、選択する準備は必要です。その人の生き方(価値観)に沿った医療を選択してもらうためには、やはり、話し合う方法や文化が必要なのではないかと思うのです。

 “人として生きる”ことのイメージは、人によってさまざまです。人工呼吸器をつけながら、意思表示をして生きている人もあれば、自分で呼吸はできても、意思表示ができないまま生きている人もあります。食事の介助を受けなければ食事ができなかったり、 排泄(はいせつ) の介助がなければ清潔が保てなかったり、移動の介助がなければ動けなかったりといった状態で、生きている人も少なくないと思います。

 “人として生きる”とは、呼吸することや食べる、動くなど身体的な側面だけでなく、心の安定や満足、社会での人とのつながりや経済的側面、そして生きることの意味を問い続けるスピリチュアルな側面を含めた、とても難しい問いです。ましてや、一方的に医療者に押し付けられるものではないし、家族であっても、ある程度、方向性は共有できても、ちゃんと話し合わなければ伝わらない、話し合っても分かり合えないことのようにも思えます。また、もしかしたら、生きることの問いは、今の自身の存在を不安にさせるかもしれず、避けていること、そんなことを考えないでいることこそが、“人として生きる”スタイルになっているのかもしれません。

 100歳の命を全うした父は、最期についての意思表示はしていませんでした。しかし、その生き方や大切にしていることは、しっかりと家族に引き継がれ、延命処置の回避につながったと思います。

 あなたは、自身の最期の時を家族と話し合うことができますか? 生きる意味を誰かと話したことがありますか?

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【略歴】

 梅田 恵(うめだ・めぐみ) 昭和大学院保健医療学部研究科(がん看護専門看護師コース)教授、昭和大学病院看護部

 1992年、聖路加看護大学卒業。1994年4月~2006年9月、昭和大学病院看護部。00年、がん看護専門看護師認定。13年、聖路加看護大学院博士後期課程修了。2014年11月、現職。後進を教える傍ら、大学病院で診断時からの緩和ケアに携わっている。日本がん看護学会理事。死の臨床研究会 世話人 国際交流委員。日本緩和医療学会評議委員。編著書に『がん看護の日常にある倫理』(医学書院)、『骨転移の知識とケア』(同)、『専門看護師の思考と実践』(同)、『がん患者のペインマネジメント』(日本看護協会出版会)、『緩和ケア』(南江堂)

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さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

 終末期医療やケアに日々、関わっている当事者や専門家の方々に、現場から見える課題を問いかけて頂き、読者が自由に意見を投稿できるコーナーです。10人近い執筆者は、患者、家族、医師、看護師、ケアの担い手ら立場も様々。その対象も、高齢者、がん患者、難病患者、小児がん患者、救急搬送された患者と様々です。コーディネーターを務めるヨミドクター編集長の岩永直子が、毎回、執筆者に共通の執筆テーマを提示します。ぜひ、周囲の大事な人たちと、終末期をどう過ごしたいか語り合うきっかけにしてください。

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1件 のコメント

人の命はその人だけのもの?

ひろ

延命治療をしないと話あった主人との別れは、4年が過ぎた今でも日々苦痛と後悔をもたらしています。 本人の意思がわかり、例えその通りになっても残され...

延命治療をしないと話あった主人との別れは、4年が過ぎた今でも日々苦痛と後悔をもたらしています。
本人の意思がわかり、例えその通りになっても残されたものは、それでも生きていてほしかったという欲求がかなわなかったストレスがあることを知ってほしいと思います。
どちらにしても、人は生かされているのだと感じています。自分の命も私だけのものではないことを強く感じています。

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大学病院でがん患者を看護する立場から 梅田恵

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