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4件 のコメント

子供 いてます

あさくやびか

自分は おぎゃぁと 産まれた
日から
親子関係では あるが
ひとりの人

ひとりの人
としか
見て来ていないし
これからも そうだろう

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この世界に同時期に生きている

捉え方・考え方

今・この記事を読んでいる人は同じ時間を共有している。

しかし、読んでいる方の生い立ちは違うし、状況も異なる。

勿論、場所も・・・

誰一人、「捉え方・考え方」は完全に一致しない。

異なる人が同じ時間を過ごす。

同じ時間・体験に対し

異なる解釈をし、異なる考え方を持つ。

正しい答えは誰にも下せない。

感じる事ができるのは・・・

思い遣りがある意見か、そうではないか・・・。

建設的な解釈は残る・・・

道のりは容易ではないですが・・。

誰かのせいにしてだれかを責めたりしてもそのような考え方はいずれ淘汰される・・・。

一時、流行るとしても。

違いは避けられない・・

どうすれば皆が幸せになれるか?

考えを止めないこと。

違いに対し怒らずに何故かを考えること。

どうしたら?良いか考える意思を捨てない。

方法は人 それぞれ。

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お一人様老後は難しい

コロロ

生命の営みは経験工学、その体験がモノを言います。動物園の人工飼育された動物は繁殖や子育てが難しいと言われています。昔は大家族で近所付き合いも濃密でしたから、出産、子育て、結婚、介護、死別と身近な疑似体験が可能でしたが、今はそうではありません。それが何事も人生の面倒を避けるような意識を醸成しているように思えてなりません。
それは若い世代に限りません。私の母は自分の親と夫の介護で苦労したことから、同じ苦労を子供にかけたくないと自ら老人ホームを選択し延命治療を拒否しました。他方、義母はそのような体験がないため自分の最期は万事他人任せです。しかし、少子化で親の介護を誰もが担う今はむしろ転機かもしれません。「介護は親が子に授ける最大最後の教育である」という言葉があるように、介護の現実を目の当たりにしてきた私や子供たちは人生の在り方や家族の絆を自然と学んだような気がします。
看取りを家族から切り離すと言っても、そもそも政府は介護は在宅が基本との姿勢です。しかも夫婦だけの老々介護の厳しさは周知の通りです。老後の安心安定はやはり子供の存在に頼らざるをえないというのが実感です。
子育てとは無限無償の愛情を注ぐことです。「この子のためなら命を捨てても構わない」が親心です。それを子供が感じないはずはない。それが介護という形に投影されるのであって、家父長制の所産でも他人が担うものでもない、これが親の看取りと3人の子育てから得られた答えです。

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こんな意見が日本であったとは!!

micchii

私たちは子供にめぐれませんでしたが、人生における一つの不幸とあきらめ、ポジテイブに受け止め、30年位経ちました。こんな一方的な意見は聞きたくありません。65歳をすぎても、自身の死をどうするかは決めておいても、元気に世界を飛び回っています。

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