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難病患者の家族、支援者の立場から 川口有美子

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

【延命治療】「治療しても介護しない」「看きれないから助けない」はいけない

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テーマ:「延命治療」とは何か? 無意味な治療と必要な治療を分けるもの

「『延命治療』とは何か? 無意味な治療と必要な治療とを分けるもの」「治療しても介護しない」「看きれないから助けない」はいけない

肺炎に前立腺がんと二度も医者に治療を拒まれた父(写真右)だったが、今年の正月も二つ下の弟(同左)と囲碁をして過ごせた。穏やかに老いていく父の姿を今は亡き母にも見てもらいたかった

 今回のお題は「延命治療とは何か」。業務上、避けては通れないテーマで、お話ししたいことは山ほどあるのですが、まずは卑近な話から。

 あれは3年前。都心のクリニックで前立腺がんを告知された父79歳は何を思ったのか、「あとどれくらい生きられるんですか?」と聞きました。すると、その女医先生、足を組みなおして、「そうねえ、あと5年くらいかなあ……。平均寿命は超えるから、いいよね(← 唖然(あぜん) )。で治療どうしますか?」などとおっしゃる。

 末期ならまだしも、転移もなく腫瘍も小さい前立腺がんは治癒の可能性も低くない。治療費を払えない、ということでもない。それでも、とりあえず医者は治療をするかしないか聞くんですね。思うに、治療を断る人も、いるんでしょう。

 でも、なんだか () に落ちなかったので、帰りのタクシーの中で妹に「さっきの先生のあの話はどうよ」と聞きました。「平均寿命まで生きれば、もういいだろうって言える?」「それって、後期高齢者差別だよね? 私の感覚がおかしいの?」。結局、父の前立腺がんは健康保険がきく放射線治療で簡単に完治したので、ほんとにあの時のやり取りは、一体なんだったんでしょう。

 そういえば、さらに遡ること8年前も、暴飲暴食の末に極度の便秘になった父を、病院に運び込んだことがありました(ほんとに手が焼ける父です)。

 高圧 浣腸(かんちょう) では大腸が破れるかもしれないってことで、鼻から太い管を腸まで通して、便を吸引するという荒行、いえ処置が始まったところで、父を残して娘たちは帰宅。ところが明け方、病院のナースの電話で起こされました。

 「お父さん、急性肺炎になりました。緊急で呼吸器を装着したいということなので、至急来てください」

 肺炎? 驚いて駆けつけると、救急の医師に「お父さんの肺は4分の1しか機能してません。今日明日が峠」などと言われて、「呼吸器、しますか?」と。どうやら鼻からの吸引中に汚物が逆流して肺に入り、急激な酸欠になっているらしい。

 私、この時も医師の言葉に耳を疑いました。頭をよぎったのは「医療過誤」の4文字、次に「万が一のことがあったら訴えてやる」。謝りもしないばかりか、その高飛車な口ぶりには相当腹が立ったけど、ここは冷静に「できるだけのことをしてください」と申し上げました。すると、その医師「助かる見込みはこれくらいですよ」と、手の平をぐっと下げて床に近づけて見せたので、ホントに (あき) れてしまいました。

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さよなら・その2-2-300-300シャドー

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 終末期医療やケアに日々、関わっている当事者や専門家の方々に、現場から見える課題を問いかけて頂き、読者が自由に意見を投稿できるコーナーです。10人近い執筆者は、患者、家族、医師、看護師、ケアの担い手ら立場も様々。その対象も、高齢者、がん患者、難病患者、小児がん患者、救急搬送された患者と様々です。コーディネーターを務めるヨミドクター編集長の岩永直子が、毎回、執筆者に共通の執筆テーマを提示します。ぜひ、周囲の大事な人たちと、終末期をどう過ごしたいか語り合うきっかけにしてください。

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2件 のコメント

延命はどこまで何をやるか

埼玉のシニア

前回までのブログで書いたように、家内が緊急搬送されて入院しましたが3ヶ月たち、注射による栄養補給でなんとか生き延びましたが、体重が35キロほどま...

前回までのブログで書いたように、家内が緊急搬送されて入院しましたが3ヶ月たち、注射による栄養補給でなんとか生き延びましたが、体重が35キロほどまでになり、血圧も上が100前後、ほほがこけて、体が硬直してきています。せめて食欲をと思い、お楽しみ程度のおやつも飲み込み出来ず、神様の手にしっかりと包まれています。

延命のための胃鑞や心拍停止のための電気ショックなどすべてを断って今の処置ですが、反省も後悔もしておりません。風邪でも医者に行かず、注射などまっぴらと逃げ回っていた人に、注射以上のつらい事が出来ますか。

延命治療は、生きている人間の、相手を思っていると錯覚する人間の、それは、欲なのだ、と思います。確かにお医者さんは人を長く生かすために、処置をしますし、するように進めますが、それを受け入れるかどうかは、周りの人間が理論立てて考えることだと思います。

かといって、注射の中身を単に水だけにして治療をした家庭もありますが、それはいただけません。どんなに考えても、それは延命治療ではありません。人間の考えることではありません。

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共感できないなあ

ざと

この方の書かれているのは、この方の家庭事情と家族関係です。 この方のように介護したい、親に何としても生きながらえて欲しい、という家庭ばかりではな...

この方の書かれているのは、この方の家庭事情と家族関係です。
この方のように介護したい、親に何としても生きながらえて欲しい、という家庭ばかりではないはずです。
介護する家族すら、いない方だっておられるのが現実ですから。

延命や救命は、本人が決めることであって、医療従事者が決定できることでも、ましてや家族が決めていいことでもありません。
人の考えは変化しますから、何度でも事あるごとに意思確認するわけです。
なのに「治療するのかしないのか、今後どうするのか質問された」こと自体を、なぜここまで感情的に否定なさるのか、この点も理解できません。
とことん介護して、どんなに手間とお金がかかっても延命だ、という方もいれば。
苦しいのはご免です、このままそっとしておいてください、という方もいる。
どちらの決断も、尊重されるべきなのに。
正解などない問題ですが、医療資源や介護の担い手は有限である現実は、十分に考慮されるべきでしょう。

最後に「あなたの家族なら、どうしますか」という質問で締めくくられていますが、私の答えは「家族の意思に従う」です。
たとえ私自身が救命を切望していても、本人が拒否すれば治療はしません。

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