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QOD 生と死を問う 第2部

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[QOD 生と死を問う]救急と看取り(1)心肺停止、天寿か救命か

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119番、延命治療開始のスイッチ

[QOD 生と死を問う]救急と看取り(1)心肺停止、天寿か救命か

関東労災病院では、増え続ける高齢者の搬送に対応するため、高齢者医療に詳しい医師らを集めた救急総合診療科を設けている

 高齢者の救急搬送が増えている。救命というより 看取みと りに近いケースが目立ち、本人が望まない延命治療につながりかねないことから、関係者も対応に悩んでいる。超高齢社会となり、年間130万人以上が亡くなる今、質の高い死とは何かを考えるシリーズの第2部では、救急の現場を追った。

 「87歳の母親が自宅で倒れた。息をしてないんです」

 午後9時過ぎ。横浜市消防局に119番通報が入った。同市内の自宅で同居する長女(64)からだった。

 10分後、救急車が到着した時、母親は心肺停止の状態。「あらゆる救命処置に同意いただけますね」。救急隊員が冷静に確認する。

 80歳代後半を超えると、心肺停止後に救命処置をしても、もとの状態にまで回復する例は非常に少ない。本人や家族が延命治療を望んでいるかどうかが重要になるが、長女は「どうしよう。分からない」と繰り返し、緊迫した状況の中で「お願いします」と頭を下げた。

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 母親は、数年前から老衰で心臓が弱り、主治医から「倒れたら覚悟してください」と言われていた。だが、家族で話し合ったことはなかった。本人の希望は分からないが、救急隊員は心臓マッサージを続け、搬送先の病院で強心剤を3本打ち、電気ショックを2度試みたが、到着から42分後、死亡が確認された。救急隊員は「あばら骨は何本も折れ、口からたくさんの管を入れる。家族にはとても見せられないし、望んでいない高齢者に全力で心肺蘇生を行うのは、いたたまれない」と話す。

 看取り期の高齢者は一般に、発熱や食欲不振など軽い異変から、徐々に全身状態が悪化する。長女は「数日前から微熱があり、意識もはっきりせず旅立ちが近かったのかも。どうしてよいか分からず救急車を呼んだが、処置のせいか顔つきが変わって戻ってきた。母に最後につらい思いをさせてしまった」と悔やむ。

 「救急車を呼ぶということは、あらゆる手段を使って救命する『スイッチ』を押すということ。だが、その意味を理解している家族は少ない」。東京女子医大非常勤講師で、救急救命士の大松健太郎さんは指摘する。

 実際、高齢者の救急搬送では、本人や家族が延命治療を望んでいるのかはっきりしない場合が多い。また、病院側が積極的な救命処置をした結果、家族に「管がついていては連れて帰れない。こんな状態は望んでいなかった」などと苦情を受けることもある。

 こうした現状に、現場の医療者も苦悩している。

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 「家族は動揺している。状況を理解できるようになるまで、少し待とう」。川崎市にある関東労災病院の救急室。99歳の女性に、特殊な管を喉の奥まで入れる人工呼吸器をつけようと準備していたスタッフたちを、救急総合診療科の小西竜太部長が制止した。

 女性は、市外の介護施設から搬送されてきた。数日前から高熱が続き、意識は混濁。血圧も測れないほど低下していた。マスク型の呼吸補助器で落ち着いたものの、いつ呼吸が止まってもおかしくない状態で、駆けつけた家族は「できる限りのことをしてほしい」と訴えていた。

 だが、きちんと状況を説明した上で意思を確認したいと、小西部長は考えた。「治療を尽くして命をとりとめても、また危機が訪れることは予測できる。たくさんの管をつけて寝たきりになる可能性もある」――。そう話し、「ご本人は、どうしたいと望んでいると思いますか?」と問いかけると、家族は「会話ができる程度には回復すると期待していた。でも、それが無理なら、穏やかに過ごさせてあげたい」と救命処置を断った。女性は数時間後、家族に囲まれて静かに息を引き取った。

 現場の医師は、小西部長に止められた時、「回復の見込みが薄い高齢者に苦しい治療をすることに、ためらいはある。だが、全力で救命するのが、我々救急の使命のはずだ」と、ジレンマを感じていた。

 小西部長も葛藤する。「私自身、これが最善の選択だったかは分からないし、状況によっては異なる判断もある。ただ、高齢者の搬送が増える中、救急医も救命・延命だけでなく、何が本人や家族にとってよいのかを考えてもらえるような対応が必要なのではないか」

救急搬送541万人、高齢者が急増

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 総務省によると、2014年に全国で救急搬送されたのは過去最高の約541万人で、この20年でほぼ倍増。そのうち半数超が65歳以上だ。最近は65歳未満の搬送数が減少傾向のため、高齢者の伸びが全体を押し上げている。心肺停止で搬送された約13万人に限ると、70歳以上が7割を占める。

 「寿命を迎えて心肺停止したと思える場合でも、救急隊や病院には全力で救命処置を行うことが求められる。超高齢社会を迎え、救急医療はパンク寸前だ」と、東京都立墨東病院救命救急センターの浜辺祐一部長は訴える。本人の意思が分からない高齢者の蘇生に奮闘する間に、若者が事故に遭い、遠くの病院に時間をかけて運ばねばならず、助からなかった例もある。

 一方、本人の望まない救命処置を行うことが苦痛につながる可能性もある。意思が示されていても救急隊には判断できないことから、日本臨床救急医学会は、救急搬送の際に、本人や家族が望まない蘇生を中止できる統一のルールについて検討を進めている。

 また、高齢者や家族に対しては、浜辺部長は「終末期にどんな医療を受けたいのかを話し合い、在宅医らと普段から関係を築いておくことが重要だ」と指摘する。

 ◎QOD=Quality of Death(Dying)「死の質」の意味。

 (飯田祐子、大広悠子)

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