文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

佐藤記者の「新・精神医療ルネサンス」

コラム

うつ診断に光トポ検査は役立つか?(下)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

 前編で紹介した宮内哲さんらの疑問に対し、群馬大学精神科神経科教授の福田正人さんは、「臨床精神医学」2016年2月号に回答を寄せた。頭皮血流の混入に関しては「計測技術や解析技術の改善により解決すべき問題であると認識しています」などと回答。向精神薬の影響については「今後の十分な検討が必要ですが、現状では少なくとも前頭部のデータについては大きな影響は指摘されていないとまとめられます」などとした。

 より詳しく聞くため、今春、久しぶりに群馬大学病院を訪ねた。以下、私の質問に福田さんが答えるQ&A形式でまとめた。

  佐藤  光トポグラフィー検査の測定値には頭皮の血流が混入しているため、脳血流の正確な変化は分からないという指摘があります。どのようにお考えですか。

  福田  頭皮の血流は一定の割合で混入しています。精神疾患への応用を視野に入れた研究では、頭皮の血流を含んだ血流量の変化をみて、特徴的なパターンがあることを示しました。そのため、頭皮血流の混入を考慮に入れた結果となっています。

  佐藤  頭皮の血流には個人差があるのではないですか。それが全体の数値にも影響し、誤った結果になる恐れはないのでしょうか。

  福田  個人差はあります。緊張すると顔が赤くなるのは顔の皮膚の血流が増えているためで、同様の変化が頭皮にも表れる可能性があります。うつ病や統合失調症などの精神疾患では、自律神経機能の変化を反映して、皮膚血流に何らかの変化があるという指摘が以前からありました。しかし、頭皮の血流は詳しく調べられていませんでした。光トポグラフィー検査の精神疾患への応用が進んだことで、頭皮の血流量の変化を詳しく検討しようという機運が高まりました。よい影響を与えることができたと考えています。今後の研究の展開によっては、頭皮の血流量の変化だけでも、精神疾患の鑑別診断補助が可能になるかもしれません。光トポグラフィー検査の精度をさらに高めるためには、脳の血流と頭皮の血流を区別する技術は確かに必要ですので、更に研究を深めたいと考えています。

  佐藤  各疾患の典型的な波形が、研究が進むうちに変わってきて、各疾患とも似通った波形になったという指摘があります。確かに、研究前期の波形に比べて、研究後期は見た目の違いが分かりにくくなっています。なぜ変わったのですか。

  福田  うつ病、双極性障害、統合失調症は、疾患ごとに特徴が出やすい脳部位が異なるため、疾患ごとの結果を示した初期の研究では、特徴が出やすい1か所のポイントを選んで波形を示していました。例えば、うつ病では前頭部のAというポイント、双極性障害では前頭部のBというポイント、という具合です。診断が確定した患者さんを対象にしたため、疾患ごとに測定のポイントを絞ることができたのです。研究の次の段階では、診断が確定できていない患者さんを含んだ検討を進めました。臨床現場で用いることを想定した研究になったわけです。その場合、診断の特徴を表す部位を前もって選べませんので、AやBを含む複数のポイントの測定結果を平均した波形に、特徴が出るかどうかを検討しました。複数の測定部位を平均した波形ですので、特徴が弱まって見えますが、疾患ごとの特徴は数値の解析でとらえられます。

  佐藤  研究前期には、うつ病では健常者よりも脳血流量の変化が乏しく、双極性障害では脳血流量の山のピークが後半に来る、などの特徴が示されました。このような特徴は研究後期でも変わっていないのですか。見た目では、波形の典型的な特徴がなくなったように見えるのですが。

  福田  もちろん変わっていません。広い測定部位の結果を平均化した波形では特徴が薄まって見えますが、波形を数値として解析すると特徴を判別できます。

  佐藤  光トポグラフィー検査は、確定診断の補助手段と位置づけられています。患者や家族の中には、行き過ぎた報道の影響もあり、「精神疾患が分かる」みたいに受け止めている人もいます。この検査の限界について教えてください。

  福田  保険診療において「抑うつ状態の鑑別診断補助に使用するもの」と明記されているように、この検査は鑑別診断の補助という位置づけです。光トポグラフィー検査は散乱光を用いて脳血流量を見ていますので、測定原理からその精度には限界があります。超音波や心電図と似た位置づけの検査ですので、それだけで診断を確定できるわけではありません。診断の基本は医師の臨床的な総合判断です。補助検査の結果の絶対視は避けていただきたいと思います。しかし、放射線を用いた検査とは異なり、体への影響がなく、手軽にできるという大きなメリットがあります。

  佐藤  手軽にできる余り、過剰診断につながる恐れはないのですか。

  福田  保険診療の対象は、うつ症状のためにうつ病と診断されて治療を受けているのに、なかなか回復せず、うつ病以外の精神疾患の可能性がある人です。医師による臨床診断なしに、精神疾患を診断する検査ではありません。光トポグラフィー検査の結果と臨床診断を総合して、診断を見直す契機として利用することが有用です。

  佐藤  従来の精神疾患の病名は、特徴的な症状があるかどうかで決まります。単純化して言えば、うつ症状が主体ならばうつ病、そうとうつを繰り返せば双極性障害、幻聴や妄想が主体であれば統合失調症、みたいに。一方、光トポグラフィーは脳の特徴的な変化から病名を付けようとする試みです。そのため、症状群としての従来の分類と、全く発想が異なる光トポグラフィーの結果がぴたりと一致するはずはないと思うのですが、いかがでしょうか。

  福田  その通りです。精神疾患の症状の背景には、その機能を担う脳の部位の変化があると考えられますので、症状の特徴に基づく従来の診断分類による病名は、光トポグラフィー検査の結果とおおまかには一致します。しかし、完全には一致しないことが大切とも言えるのです。それは、従来の診断分類が、主に臨床的に認められる精神症状に基づいたもので、その背景となっている脳内の特徴的な変化に基づく病気分類ではないからです。脳機能の変化と、従来の臨床診断を結びつけるこうした研究に一定の限界があるのは、光トポグラフィー検査に限りません。しかし一方で、精神疾患のための臨床検査の実用化は、患者さんの願いでもありますので、研究に取り組んできました。今後は精度の高い脳画像検査などと組み合わせて、光トポグラフィー検査の精度を高めていきたいと考えています。

実在しない疾患を研究する自己矛盾

 福田さんは開発段階から、光トポグラフィー検査があくまで「鑑別診断の補助」であると訴えていた。そのため私は、福田さんを取材した2009年の記事中で「血流量の変化には個人差があり、差がはっきりしない場合もある。そのため、この検査だけで、うつ病かどうか分かるわけではない。あくまで診断の補助という位置づけだ」と強調した。だが、様々な報道が繰り返されるうちに、光トポグラフィー検査は万能感を帯びていった。

 福田さんは「臨床精神医学」2016年2月号で、前記のQ&Aの最後の質問に関連して、次のようにも書いている。

 「例えばうつ病について、それが単一の病因に基づく疾患概念であると考えている臨床家や研究者は皆無に近いと思います」

 「うつ病が単一の疾患であるかのように仮定して研究を行い、診断や治療のためのバイオマーカーを追究することには、自己矛盾としての側面があることを認めなければなりません」

 「極論としては、現在の精神疾患研究のすべては無意味であるという言い方もできますが、目前の患者さんの治療を求められる医療の現場では、それぞれの疾患概念が実在するかのように取り扱わざるをえません」

 いつになるか分からないが、精神疾患の原因や発症の仕組みが次々と解明され、脳機能などの客観的な指標に基づく診断法が確立されなければ、高精度の検査法など生まれようもないのだ。

結果の絶対視は禁物

 だが、精神科の診断に対する不信感なども影響し、「医師よりも光トポグラフィーの結果を信じる患者が増えている」と複数の精神科医は嘆く。こうした患者心理を背景に、光トポグラフィー検査を用いて高額な自費診療につなげる医療機関もある。多額の治療費を払うほどの価値があるのかどうか、冷静に考えたほうが良いだろう。

 光トポグラフィーの研究は、今後も発展していく可能性がある。だが、現時点ではあいまいさを多く残している。これだけで診断を確定できる水準にはなく、使い方によっては誤診や不必要な治療の温床にもなることを、患者や家族も知っておく必要がある。

 宮内さんは「精神疾患を客観的に診断しようとする試み自体は評価したい。しかし、現時点で光トポグラフィーを保険診療として行うのは明らかに時期尚早だ。本当に有用なのかどうかを今後も検証し、結果次第では、保険診療から外す判断も必要になる」と訴える。

 保険適用後も、専門家の間で有効性を巡る議論が交わされるのは好ましいことだ。科学的な精神医療の確立に向けて、学会や紙上討論など、様々な場で議論を深めてほしい。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

佐藤写真

佐藤光展(さとう・みつのぶ)

読売新聞東京本社医療部記者。群馬県前橋市生まれ。趣味はマラソン(完走メダル集め)とスキューバダイビング(好きなポイントは与那国島の西崎)と城めぐり。免許は1級小型船舶操縦士、潜水士など。神戸新聞社社会部で阪神淡路大震災、神戸連続児童殺傷事件などを取材。2000年に読売新聞東京本社に移り、2003年から医療部。日本外科学会学術集会、日本内視鏡外科学会総会、日本公衆衛生学会総会などの学会や大学などで講演。著書に「精神医療ダークサイド」(講談社現代新書)。分担執筆は『こころの科学増刊 くすりにたよらない精神医学』(日本評論社)、『統合失調症の人が知っておくべきこと』(NPO法人地域精神保健福祉機構・コンボ)など。

佐藤記者の「新・精神医療ルネサンス」の一覧を見る

最新記事