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佐藤記者の「新・精神医療ルネサンス」

医療・健康・介護のコラム

うつ診断に光トポ検査は役立つか?(上)

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最近は芳しくない評価も

 保険適用後も、私は光トポグラフィーが臨床でどれだけ役立つのかが気になったので、うつ病治療の名医として知られる精神科医たちを取材する度に、有用性について質問した。すると、予想外の反応が次々と返ってきた。「考えていた疾患とは違う反応が出て、診断の見直しにつながった」と好意的に見る医師がいる一方で、芳しくない評価が少なくなかったのだ。著名な精神科医たちが語った否定的な意見をいくつか紹介してみよう。

 「期待はずれでした。研究時はよい結果が出るのに、実際に臨床で使うとたいしたことがない、ということはよくあります。これもその一つでしょうね」

 「うつ病なのか、統合失調症なのか、双極性障害なのか、判断に困る患者は確かにいます。でも、そういう難しい患者に光トポを使っても、どの疾患なのか分からないあいまいな結果になることが多くて、あまり役立っていません」

 「保険適用は時期尚早。なぜ、この程度で認められたのか理解できない」

 「経験豊富な精神科医には無用の装置ですね」

 このような医師たちの厳しい評価の背景には、「画期的」とされた装置へのやっかみや、自らの診断に対するプライドもあるのだろう。だが、光トポグラフィーの評価に無視できないバラツキが生じているのは確かなようだ。最近は、脳機能計測の研究に取り組む第一線の研究者たちからも疑問の声が上がるようになった。

測っているのは頭皮血流?

 国立研究開発法人情報通信研究機構で脳機能の画像化研究を進める宮内哲さんは、浜松医科大学光尖端医学教育研究センター教授の星詳子さんと連名で、雑誌「臨床精神医学」2016年1月号に、「光トポグラフィーによる精神疾患鑑別診断―有効性の検討」と題する論説を寄せた。光トポグラフィー検査を、現時点で精神科診断に生かすことに疑問を投げかける内容となっている。私は2014年に宮内さん、星さんと知り合い、取材を重ねてきた。2人とも、この分野を代表する専門家なので言葉に説得力がある。

 宮内さんらの指摘は多岐にわたるが、光トポグラフィーの測定値には、頭皮の血流が多く混入しているとの指摘や、向精神薬の服用の影響が十分検討されていないとの指摘は、専門知識のない人にも分かりやすい。脳の血流を測定しているつもりが、実は頭皮の血流を多く測っていたというのであれば、目も当てられない。現状では、光トポグラフィーの測定値の中に、頭皮の血流がどれくらい混ざっているか、正確な割合は分からないのだという。宮内さんと星さんはこの論説で「光トポによるうつ症状診断補助の有効性・信頼性を上げるためには、確実な頭皮血流の除去法の開発が必須である」と強調している。

 また、宮内さんは私の取材で、「光トポグラフィーの結果は個人差が非常に大きく、うつ病の患者であっても、うつ病の特徴的なパターンから大きく外れる人が多い」と指摘。「盛んに報道された疾患ごとの脳血流の特徴的パターン(波形)は、多数の近赤外線センサーで測定する多くの部位のうち、最も特徴的な変化が表れた1か所のデータを抜き取って示したもの。それを複数部位の平均値であるかのような図にして、それぞれの精神疾患に特徴的なパターンがあると伝えたことは問題だ。光トポグラフィーの1か所のデータは再現性が低く、このような方法で検査を2回すると異なる結果が得られる可能性がある」と指摘する。

 宮内さんは更に「特徴的な1か所ではなく、複数の部位のデータを合わせて平均化した場合、今度は疾患ごとの特徴的なパターンが薄まり、健常者も各疾患も似たような波形になってしまう」という。この指摘は次の図を見ると理解しやすい。

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 図中の「研究前期」とは、先進医療に認定された2009年あたりまでを指し、当時、研究者が示した各疾患の波形には分かりやすい違いがあった。マスコミもこの波形を盛んに取り上げた。それが、以後の「研究後期」には、複数の部位を平均化したため、特徴的な波形に変化が生じ、疾患ごとの違いが目立たなくなった。

 さて、読者の皆さんはどう感じただろうか。7月14日掲載予定の後編では、光トポグラフィーを精神科診断に活用する研究の中心となった群馬大学精神科神経科教授の福田正人さんの意見を取り上げる。

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佐藤光展(さとう・みつのぶ)

読売新聞東京本社医療部記者。群馬県前橋市生まれ。趣味はマラソン(完走メダル集め)とスキューバダイビング(好きなポイントは与那国島の西崎)と城めぐり。免許は1級小型船舶操縦士、潜水士など。神戸新聞社社会部で阪神淡路大震災、神戸連続児童殺傷事件などを取材。2000年に読売新聞東京本社に移り、2003年から医療部。日本外科学会学術集会、日本内視鏡外科学会総会、日本公衆衛生学会総会などの学会や大学などで講演。著書に「精神医療ダークサイド」(講談社現代新書)。分担執筆は『こころの科学増刊 くすりにたよらない精神医学』(日本評論社)、『統合失調症の人が知っておくべきこと』(NPO法人地域精神保健福祉機構・コンボ)など。

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