心療眼科医・若倉雅登のひとりごと
医療・健康・介護のコラム
脳腫瘍で次第に視力を失って…16歳で生涯を閉じた天才作曲家
ピアノ作品集「光のこうしん」のCDを聞くと、 清楚 で、心洗われる旋律が次々と流れてきます。4歳から作曲を始めたという作曲家、加藤 旭 さんの天賦の才がいかんなく表現されている小品集です。
彼は13歳で脳腫瘍を発症し、手術や放射線治療を繰り返しましたが、両目の視力を次第に失ってしまいました。それでも、曲を作り続けたこの天才作曲家は、悲しいかな、今年5月20日に16歳の短い生涯を閉じました。
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脳腫瘍で視力を失うとはいったいどういうことなのか、という質問を受けました。
一般に、脳腫瘍で視力や視野が障害されることはまれなことではありません。
眼球そのものでものを見ているわけではないことは、誰でも知っていることです。つまり、眼球(網膜)に入った視覚情報は視神経、 視交叉 、視索、 外側膝状体 を経て、脳の後頭葉にある第一次視覚中枢に至ります。ここまでが 視路 といわれる経路です。
視覚中枢まで情報が伝わっても、脳に視覚情報が到着しただけで、まだ意味のある対象として「見えた」ことにはなりません。そこから大脳の高次回路に伝達されつつ情報処理が行われてはじめて、意味のあるものとして見えるのです。
脳腫瘍は、本来頭蓋内にある大脳、小脳、脳幹といった正常組織にあるところに、余分な容積のものが加わるわけで、多くは進行性に拡大します。
視路に沿った部位に脳腫瘍が生ずれば、それに応じて視力や視野の障害が起こりますが、最もよくみられるものは、頭蓋内の視神経や視交叉付近に生じた腫瘍で、正常な視路を圧迫したり、巻き込んだりするものです。
また、正常な組織で適切な脳圧(脳の組織圧)が保たれていたところに、脳腫瘍が加われば、その分脳圧は高くなります。そして、その影響は圧の届く末端部分である視神経乳頭に変化をもたらし、乳頭が腫れる「うっ血乳頭」という状態を作ります。
うっ血乳頭は初期には、視力や視野に影響しませんが、放置しておきますと、やがて代償不全となり、不可逆的な視力低下を起こすのです。
加藤さんの状況はよくわかりませんが、おそらく今述べた2つの原因が重なっているのではないかと想像できます。似たような、10歳代の症例を、過去に何度か経験していますが、いずれも治療は大変難しく、生命の予後(経過)も、よくはありませんでした。
今回解説した脳腫瘍に限らず、脳内の梗塞、出血、変性などいろいろな場合に視覚に関係する症状が出現します。
後頭葉視覚中枢までの病変は、比較的よく知られたものですが、高次脳機能障害になると、いろいろな視覚異常現象が出てきて謎も多いのです。
次回は、そんなお話をしましょう。
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