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イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常

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駅のポスターに思う…無用なリスクを避けるために

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 今日は、リスク回避のお話です。 沢山(たくさん) の人が一緒に暮らしている以上、いろいろなトラブルが生じますね。そんなトラブルが原因で、傷害事件や過失致死事件にまで発展することもあります。病気と並んで 怪我(けが) を回避することも大切な長生きの 秘訣(ひけつ) ですね。

 さて、「みんなで手すりにつかまろう!」というポスターをご存じですか。黄色の背景にエスカレーターが描かれていて、利用している人は手すりを持って左右どちらにも立っています。つまり、エスカレーターの片側を空けて歩いたり、走ったりするのは () めましょうというメッセージです。

 東京駅や上野駅など僕が利用する駅でもちょくちょく見ます。さて、そんなポスターを素直に信じて、右側に立って手すりを持っていたら、年配の御夫婦から「関東では左に立って、右を空けるのがルールですよ」と親切なお言葉をいただきました。そして、壁に貼ってあるそのポスターを指でさして納得していただきました。

 また、別の駅で右側の手すりを持って立っていると、後方から来たちょっと怖そうなお兄さんに「どけ!」と言われました。この時は、横のポスターを指し示すようなムードではなかったので、左側によけて、彼が駆け上がる通路を空けました。

駅員に聞いてみると…

 このキャンペーンは、 HP上でのパンフレット を見ると、昨年の7月21日から8月31日に行われたもので、後援が国土交通省と消費者庁、そしてJR各社や私鉄各社、地下鉄各社など約50社が名を連ねています。そのポスターが貼ってあります。

 そして、駅員の方に聞いてみました。すると、なんと何人かの駅員の方は、「左に立って、右を空けて下さい」と答えるではないですか。このポスターの写真をスマートフォンで見せると、その存在も、その意味するところも知っています。では、「僕はこのポスターに従って、左でも右でも好きな方に立って、手すりを持てば良いのですか」と尋ねると、なんとも返答に窮するのです。そこで、JR東日本にも電話で確認をしてみました。上野駅と東京駅、そしてJR東日本の駅でこのポスターをよく見かけるものですから。すると、対応した女性も、このポスターの存在も、そして意味するところも知っています。

 そこで、僕は質問しました。「女性専用車両だから男性はご遠慮下さい」とか、「車内マナーの向上のために携帯電話の使用はお控え下さい」とか、「リュックは背負わずに、前に抱えるか、下に置きましょう」とか、「足は組まずに、席は詰めて座りましょう」とか、うるさいと感じるほど車内アナウンスをするのに、なぜ、「エスカレーターは国土交通省と消費者庁の後援で、そして鉄道各社の総意で、手すりを持って利用することになりました。従って、左右どちらにでも立って、そして手すりを持って安全に利用して下さい」という車内アナウンスや、構内アナウンスをしないのかと尋ねると、これもまた、回答はありませんでした。「お客様のご意見として社内に周知致します」という返事です。書面の回答を希望しましたが、「そのシステムはありません」との御返事でした。

真剣に取り組むつもりがないのなら…

 問題は、本気で取り組まないポスターを貼ると、乗客同士のいらぬトラブルが多発するということです。こちらは親切にも知らせているのに、なんとも無責任な回答ですね。「みんなで手すりにつかまろう!」といったポスターを貼らなければ問題は大きくなりません。ところが、こんなポスターを貼って、真面目にそれを見て実行した人、そして、「そんな (やつ) らは邪魔だ」と思う人、また常識がないと思う人たちとの 軋轢(あつれき) が生じるではないですか。これこそ、無責任なリスクの増大そのものです。

 病気に関しては、ほんのちょっとの良いことを一生懸命探して、テレビやメディアは毎日のように発信しています。「エスカレーターを歩かないように」というメッセージの根底には、本来は歩かないように設計されているエスカレーターを歩くことによって、エスカレーターを正しく利用している人が事故に遭って怪我をするからこそ、そんなポスターができたのでしょう。

 そして、「みんなで手すりにつかまろう!」といったポスターを貼るならば、真剣にそれを実行しないと、実行した人が 馬鹿(ばか) をみることになりますね。なんとも、いいかげんな対応と思っています。病気でも怪我でもリスクを減らすことが何より大切です。ある意味、真剣に取り組むつもりが鉄道会社にないのであれば、「みんなで手すりにつかまろう!」などという乗客の精神的軋轢のリスクを増大させるようなポスターは、早々とやめた方がいいと思っています。

階段を使ってリスク回避

 そんなことがあって、僕は極力エスカレーターには乗りません。階段を利用します。また乗るときは左側に立って乗っています。そして関西に行けば右側に立って乗っています。無用なリスクを極力避ける。これは病気や怪我に対しても言えることですよ。本当に無責任なポスターだと思っています。真面目に実行した人がトラブルに巻き込まれないことを願っています。

人それぞれが、少しでも幸せになれますように。

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知りたい!_20131107イグ・ノベーベル賞 新見正則さん(1)写真01

新見正則(にいみ まさのり)

 帝京大医学部准教授

 1959年、京都生まれ。85年、慶応義塾大医学部卒業。93年から英国オックスフォード大に留学し、98年から帝京大医学部外科。専門は血管外科、移植免疫学、東洋医学、スポーツ医学など幅広い。2013年9月に、マウスにオペラ「椿姫」を聴かせると移植した心臓が長持ちする研究でイグ・ノーベル賞受賞。主な著書に「死ぬならボケずにガンがいい」 (新潮社)、「患者必読 医者の僕がやっとわかったこと」 (朝日新聞出版社)、「誰でもぴんぴん生きられる―健康のカギを握る『レジリエンス』とは何か?」 (サンマーク出版)、「西洋医がすすめる漢方」 (新潮選書)など。トライアスロンに挑むスポーツマンでもある。

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