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2件 のコメント

本人も周囲も苦しいだけなのに…

ポニョ子

まさにおっしゃる通り、と思いながら拝読いたしました。当方、二十年ほど前にアメリカのホスピスでボランティアをしたことがあります。「治療」は一切なしで、苦痛の軽減にモルヒネを必要に応じて使用するだけでしたが、入所していた人々(患者(patient)ではなくゲスト(guest)と呼ばれていた)の多くは穏やかに最期の日々を送っていましたし、たまに訪れる家族の皆さんも身内の死を受け入れているようでした(当然、そうだからこそホスピスという場所に家族を入所させることができるわけなのですが)。半年間の滞在中、十数人の方が亡くなりましたが、私の知る限りではあまり苦しそうではありませんでした。モルヒネのおかげで、というケースもあったと思いますが、食事を拒否するようになってから(無理やり食べさせたりしませんし、「胃ろう」や点滴なども一切なしです)数日以内に息を引き取るような感じでした。

ホスピスは日本であまり浸透・普及していないようですが、一体なぜなんだろうと思います。上に述べたような、ちょっと乱暴な言い方かもしれませんが「死に方」のほうが、本人にも、家族にも、おそらく医師にとっても負担がものすごく少なくなるであろうはずなのに。本人も家族も苦しくなるだけの選択をする人が多いのは本当に、本当に切実に疑問でなりません。考え方を根本的に変える必要があるのではないかと思います。まさに、「この生命は誰のもの?」です。家族が望まない延命治療をしている人に、ホスピスで苦しまずに死んでいった人々のことを教えてあげたいくらいです。私はまだ40代ですが、自分に残された年月が少なくなるころまでには、日本の終末医療の状況が改善されていることを心から願っています。

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延命治療は、、、

埼玉のシニア

家内が4月25日に誤嚥性肺炎で緊急入院。それまでは老人ホームでご厄介になり8年、病名はアルツハイマー病。発祥以来19年。
入院で医師から今後の治療方法について説明があった。以前から胃ろうについて考えていましたが、私の考えは治療をして完治したり改善が図られたり、またそうならないまでも半分でも回復して、人間らしく会話ができ、食事して、喜怒哀楽が顔に出るなら、どんな治療でもするけれど、アルツハイマーの場合は、回復改善は不可能であると知っていたので、胃ろうもせず、栄養剤を血管に入れるだけにしました。
ただ、飲み込みが悪いと言っても食べることの人間性を確保したいと、ほんの少しの固めの栄養ゼリーを少々食べさせることにしました。
会えば愛しく、テープの演歌を聞かせ、会話をして、私だよと声をかけ、涙を抑えて看病しています。せめて毎日行ってあげることで、旦那としての役目を保っています。
どんな治療にも反省が出てきますが、私はこれで良しと決意して、後は神の手にゆだねたいと考えているのです。本人も納得のはずです。

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