元記者・酒井麻里子の医学生日記
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患者さんにわかりやすく説明するために…自分の理解を深める
梅雨の出雲はいつにもまして雨の日が多く、どんよりした空が広がります。それでも、先日久しぶりに訪れた東京よりも少しは涼しく感じます。やはり、出雲は東京より季節が進むのが遅いようです。
その東京で、働いていた頃の友人に会う機会がありました。
彼女はいつもより元気がない様子です。聞けば、1か月ほど前に家族が突然、国が指定する難病と診断されたとのことでした。有効な治療法はないが、とにかく入院することになった、何がなんだかわからないと話していました。
彼女が強調していたのは、突然、聞いたこともない病名を告げられ、放り出された気分になったということでした。
病気の説明を受けたものの、専門的な用語が多くて理解できず、何をどう質問していいのかもわからず、帰宅してすぐにインターネットで調べたそうです。インターネットには、正しいのか正しくないのかよく分からない情報がたくさんあります。調べるうち、マイナス情報ばかり目に入り、不安が募ったとのことでした。
医療者側は必要な内容をきちんと説明したのかもしれません。ですが、彼女にはきちんと伝わっていないことは明らかでした。
「分かるようにちゃんと説明できる医者になって」
彼女の言葉が胸に響きました。
大学で授業を受けていても、どういった病気の状態を指すのか一見して分からない医学用語や、日常会話ではまず出てこない難しい言葉がたくさん出てきます。
けれど、この1年余り、授業や友人との勉強会などで日常的にそうした言葉を見聞きしていると、慣れてしまい、いつの間にか特別な言葉だという感覚が薄くなっているかもしれないと思いました。
難しかった小学生向けの記事
新聞社にいた頃、新聞で紹介した記事について、小学生向けに書き直す仕事を担当していたことがありました。
言葉遣いを易しくするだけで、それほど時間はかからないだろう、と最初は簡単に考えていましたが、全く違いました。
例えば、ある事件の原稿で「起訴」という言葉を使うとします。「起訴」は新聞紙面では日常的に使われる言葉です。
ですが、「○×の罪で容疑者を起訴した」という記事を、「○×の罪を犯したかもしれないので容疑者を起訴しました」と口語に変えるだけでは、多くの小学生には伝わりません。起訴するということはどういうことなのかを読者に分かってもらえなければ、きちんと伝えたとは言えないからです。
警察が犯人と思われる人を捕まえ、検察官がさらに調べ、犯人と判断できるだけの証拠をそろえた上で、その人が本当に犯人だったのか裁判所に判断してもらう。
逮捕された段階で犯人と決まったわけではなく、検察官が起訴することで初めて、犯人だったのかどうかが裁判所で判断される。それに、そもそも検察官の仕事とは何か、警察官との違いは――といった説明も必要になりそうです。
つまり、起訴という言葉に含まれる背景知識を含め、基本的な事柄をしっかりと理解していなければ、伝わる文章にならないことに気づきました。
難しい漢字を並べることで分かったつもりになり、基本的なことをいかに理解していないか。
簡単だと思っていた小学生向けのニュースを書くことは、普段書いている新聞記事よりはるかに難しいものでした。
専門家同士であれば、専門用語を使った方が会話もスムーズで、かえって伝わりやすいのかもしれません。ですが、その分野の専門家ではない人にとっては、背景的な知識がないために、言葉の意味を説明されただけでは「分かった」ことにならないのではないかと思います。
相手に理解してもらえる説明はどうしたらできるのか。
新聞記者として考えてきたことが、医療者として患者さんに説明する際にも通じる点があるのではないかと思っています。
大学の勉強ではとにかく覚えることがたくさんあります。ですが、単に記憶するだけではなく、この病気はどのようなメカニズムで生じて、どのような経過をたどるのか、だからどんな治療をするのか―――。
自分がしっかり理解できていることが、易しく分かりやすい説明への第一歩となる。
彼女との会話は、そんなことに改めて気づかせてくれました。
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機械や人工知能の進歩との共存を考える
寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受
最近は人工知能の話題が沢山あります。 若手棋士も人工知能と戦うのではなく、切磋琢磨してニュースの中心になりました。 同じようなことは現在放射線科...
最近は人工知能の話題が沢山あります。
若手棋士も人工知能と戦うのではなく、切磋琢磨してニュースの中心になりました。
同じようなことは現在放射線科分野でも進んでいます。
人工知能を使うのか、使われるのか、どちらが正しいのでしょう?
患者さんの希望にもよるのでしょうが、画像診断機器や電子カルテの進歩した時と同じで、人工知能を含む機械との正しい距離感と関係性の構築が大事ではないかと思います。
人工知能が学ぶのは各分野の秀才や天才の思考プロセスです。
しかし、ノイズや政治的諸々があって、最後に判断するのは人間であるべきだと思います。
時に機械が担当医師や患者の理解を超える場合もあると思いますが、その時にどうするべきかという答えをこれから医療社会が形作っていくと思います。
暗記や検索に関しては機械が優れていますので、暗記主体の勉強からその内容の評価能力や運用能力の方が大事になると思います。
放射線治療なんかは専門家が切り開いた標準治療やその亜型を考えて選ぶ能力があれば典型症例では問題なく、画像診断はある程度の幅の疾患理解とそれを超えた時のコンサルタントシステムが確立していけばいいわけで、放射線科は人工知能に奪われる仕事の分の仕事や共存の在り方を考えないといけませんし、それらが非放射線科医師の立場や役割も変えるので、各医師の立ち位置や生活が大事になります。
機械を使いこなせなくても、機械に使われて幸福ならそれはそれでいいでしょう。
患者さんと医学の間にいる医師の横に人工知能が現れただけですから。
国家試験や研修医制度が大きく変わるとは思いませんが、医学生や研修医の皆さんでキャリア像や生き方を議論されるといいかもしれません。
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理解や興味に合わせた言葉の選び方 読影
寺田次郎関西医大放射線科不名誉享受
会話は「言葉のキャッチボール」と言われます。 つまり、双方の投げる力や受け止める力が大事ということです。 専門用語にもレベルがあります。 必ずし...
会話は「言葉のキャッチボール」と言われます。
つまり、双方の投げる力や受け止める力が大事ということです。
専門用語にもレベルがあります。
必ずしもレベル順に並んでいるわけでもありませんが、学生レベル、研修医レベル、専門医レベル、疾患や臓器のエキスパートレベルで理解や運用が異なってきます。
これが医療のもつ宗教性にも繋がって、個々や組織の運用まで勘案すると、絶対的な正解がないのです。
伝える専門家の知識やボキャブラリーだけではなく、患者側の一般や医学の理解力その他の制約も重要になるからです。
ところで、レントゲンやCT、MRIのフィルムを見て文字にすることを読影と言います。
英語ではイメージ・インタープリテーション、つまり、画像の翻訳と言います。
その翻訳能力は画像の診断力と専門用語や一般の日本語の表現力の影響を受けるので、双方がそろったレポートと画像のセットはある意味で宝物です。
知人の内科医で、有名放射線科医のキャリアを追って研修した人もいます。
「何をどれだけ、どの程度、どのように伝えるか?」
これは医師対医師である画像診断医やレポートでも難しい問題ですが、患者相手の方が想定される会話の相手の幅が広いだけ難しいですね。
「分かるように説明しろ」と言う要求は「わかるまで勉強しろ」と対であり、人間関係の衝突や疾患の理解による感情的なダメージを避けるために、工夫も必要になります。
患者の心の移ろいであったり、知識や興味の偏りに合わせられるのは大事ですね。
僕のサブスペシャリティはサッカーですが、野球の方が多くの年配の患者さんには理解しやすいですね。
多分、そういう意味でも、文系クラブやアスリートあがりの同級生や先輩後輩とのつながりも財産になるでしょう。
早く行くのならば一人で行きなさい、遠くまで行くのならみんなで行きなさい。
誰かの格言でした。
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みんなわかってはいるけど、、、
にゃんこ
近年教育を受けている医師はたいてい易しい言葉を使うよう教育されてます。 しかしながら、それを実践するための教科書なり授業は皆無です。 筆者さんに...
近年教育を受けている医師はたいてい易しい言葉を使うよう教育されてます。
しかしながら、それを実践するための教科書なり授業は皆無です。
筆者さんには医療従事者がIC(インフォームドコンセント:専門用語笑)を分かりやすく行うことのできる本や記事を書いていただきたいです。
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