がん診療の誤解を解く 腫瘍内科医Dr.勝俣の視点
医療・健康・介護のコラム
がんを正しく恐れること(下)~検診に向かないがんもある~
検診が向かない超のんびりがんと進行しないがん
検診に向かないのは、急速がんだけでなく、超のんびりがん、進行しないがんも相当します。
図を見てください。
のんびりがん、超のんびりがん、進行しないがんは、定期的な検診で見つけることができます。
このうち、超のんびりがんは進行がゆっくりなため、検診をせず放っておいても、症状が出ることはなく、転移もせず、がんで亡くなることがないがんです。
進行しないがんは、その名のとおり、がんと診断されても進行しないがんです。
すなわち、超のんびりがんと進行しないがんは、検診をしなければ見つかることはなく、「がんで亡くなることもないがん」ということになります。
逆に、検診したがために、見つけなくてもよかったはずのがんが見つかってしまい、治療しなくてもよかったはずが、過剰に治療されてしまうということになります。
超のんびりがんが多いとされる代表は、前立腺がんや一部の乳がん、進行しないがんの代表は、一部の甲状腺乳頭がんです。
のんびりがんのみが、放っておくと、進行がんになり、死に至ることになるため、検診が有効なのです。
のんびりがんの割合が多いがんが、検診が有効となります。
前回お話しした検診が有効ながん、すなわち、乳がん、大腸がん、子宮 頸 がん、肺がん、胃がんが相当します。
また、超のんびりがんや、進行しないがんを多く含むがんは、検診をすることで、がんの発見率は向上しますが、死亡率を低下させないことになります。
前立腺がんのPSA検診の研究では、死亡率を低下させるという研究結果(3)と、死亡率を低下させなかったという研究結果(4)が混在していて、これらの研究を含んだランダム(無作為)化比較試験を複数合わせて分析した「メタ解析(統合解析)」では、PSA検診は、前立腺がんの死亡率を減らさないと結論されています(5)。
また、がんという病気が非常に難しいのは、同じがんでも、この4つのがんが混じり合っているということです。
すなわち、乳がん、と言っても、急速に進行する乳がんもあれば、のんびりと進行するがんもある。
検診が有効とされる乳がんでも、検診で見つからなかったのは、急速がんであった可能性があります。
また、同じ人でも、最初の頃は比較的進行速度がゆっくりだったのが、再発した途端に、進行速度が非常に速くなる、などということがあります。
がんの研究が進んできて、どういったがんが急速がんなのか、のんびりがんなのか、がある程度はわかってきましたが、完全に解明されたわけではありません。
がんの過剰診断とは?
超のんびりがん、進行しないがんが、検診などで発見されることを過剰診断と呼びます。
2012年に、世界最高峰の医学雑誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に、乳がん検診を受けた女性に31%の過剰診断があることが報告され(6)、世界的な話題になりました。
がんの過剰診断は、乳がん、前立腺がんのほか、甲状腺がん、肺がんにもあることがわかってきました(7)。
2012年には、米国国立がん研究所で、がんの過剰診断に対して専門家による会議が行われました(7)。
その会議で、
- がんの過剰診断が存在すること
- 過剰診断されたがんを新しく、「IDLE(indolent lesion of epithelial origin)」と定義すること
- IDLEの登録を行うこと
- がんの過剰診断を減らす診断法を確立すること
- IDLEの概念を取り入れた新しいがんの治療法、予防法を推進していくこと
の5つが採択されました。
IDLEとは、過剰診断された、超のんびりがん、進行しないがんのことで、“緩徐性の上皮性病変(ゆっくり進み、上皮内にとどまっている病的な異変)”と訳すのがよいでしょうか。
まだ、医学的にはこの“緩徐性の上皮性病変”の概念は、診断方法やその取扱いなどに関しても確立されたものではありませんが、今後は研究が進んでいき、明らかにされていくものと思います。
乳がんでも、IDLEと定義される低リスクの非浸潤がんで、積極的に手術をする手術群と、経過観察群とを比較する臨床研究が計画されています(8)。
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ありがとうございます
マーキー
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17年前に渡米して、癌の新しい治療法の開発の研究をしている、勝俣先生と同い年の元内科医です。癌の検診についての今回のお話を非常に興味を持って読ませていただきました。非常に意味のある情報を発信していただきありがとうございます。正しい科学に基づいた医療を患者さんに理解いただき施行してゆくトランスレーションは必要性がますます高まっているものの、医療側の勉強不足と、情報発信の不足からまだまだ不十分です。アメリカでは、特定の疾患については、患者団体がそのような機能を担っている場合もありますが、日本ではそのようなこともまれかと思います。その意味で、このコーナーの持つ意味は大きく、勝俣先生と、場を提供する読売新聞に敬意を表します。
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