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イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常

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野球選手も医薬品も…日米両国で通用するとは限らない

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 イチロー選手が日米通算で4257本のヒットを打って、ピート・ローズがメジャーリーグ(MLB)で打った4256本を抜いて世界一となりました。本当に素晴らしいことで、日本人として誇りですね。読売新聞の社説も「 イチロー4257本 日米の垣根を越えた金字塔だ 」と、この快挙を (たた) えています。

 しかし、本人も試合後に「ここにゴールを設定したことはない」とコメントしているように、その数字自体の意味はいろいろなとらえ方があると思っています。たしかに、その瞬間、ボールパーク(野球場)の巨大スクリーンにも「ICHIRO (JAPAN/MLB) 4257 HITS」と表示され、その栄誉を称えていました。日本とアメリカの両方の野球文化の中で、素晴らしい成績を収めたことになり、より価値があると思っています。

 

似て非なる?日本のプロ野球とMLB

 日本のプロ野球を生観戦するようになって数か月ですが、MLBの野球は何年も前からテレビやネットで観戦しています。朝早くからやっているので、原稿を書きながら、いろいろな勉強をしながら、何気なく見る、そして、面白い場面では仕事の手を止めて、一生懸命見るという僕のスタイルに野球観戦はちょうどいいのです。そして思ったことです。日米の野球は、同じようなルールで行われているが、実は結構違っているということです。

 ストライクをどんどんと取りに行って、投球間隔も短く、バッテリーのサインも簡単で、バントなどは多用せず、できるだけたくさん点を取ることを優先し、そしてある程度の失点は承知で、総合点数が上まわる方が勝ちという考え方で戦うMLB。一方で、できればボール球を振らせて、投球間隔はゆっくりで、試合前半の攻撃でもバントを行い、まず目の前の1点を取りに行く日本プロ野球。ストレートの平均球速は断然メジャーの方が速いです。ショートからの送球なのに150キロ以上の球速でファーストに投げる選手もいます。延長戦は12回までの日本プロ野球と、基本的に決着がつくまで試合を行うMLB。雨天中止の時などは、後日、ダブルヘッダーで試合を行うこともあります。ピッチャーの登板間隔も中4日のMLB、中6日が多い日本。ストライクゾーンも違うでしょう。

 ボールの大きさも違います。野球規則内での最大のボールを使っているMLB、そして一番小さいボールを使っている日本プロ野球。また、広島のマツダスタジアムと阪神の甲子園球場、楽天Koboスタジアム宮城球場を除いて、つまり12球団のなかで9球団の野球場が人工芝の日本。一方でメジャーリーグでは、30球団のボールパークで人工芝は2球場のみで、ほとんどが天然芝です。そしてドーム球場はどんどんと減って、開閉できないドーム球場は1球場のみです。ほとんどが屋外で野球専用、つまりファールゾーンが狭く、観客席が選手に近いのです。

 そんな違いがあるからこそ、アメリカで相当の成績を残している選手を補強しても日本では活躍できないこともあれば、日本で相当の成績を残してメジャーに挑戦しても、残念な結果になる選手もいます。日米の野球は同じようなルールで行われているが、まったく別の野球文化で育まれた実は異なったスポーツにも思えます。だからこそ、日米の垣根を越えて4257本のヒットを打ったイチロー選手に価値があると思っています。ピート・ローズの能力が日本の野球でも通用したかどうかはわからないということです。

 

日米両国で効力を発揮、イチローのような医薬品は?

 同じことが医薬品でもありますよ。日米の環境や人種、食生活の差などをまったく問題とせずに、両方の国で有効性を発揮する薬剤もあれば、国内では爆発的に利用されているのに、海外ではあまり芳しくない結果しか残せない薬剤もあります。そのわかりやすい例はインフルエンザの治療薬で、1回だけの吸入治療で効果を発揮するものです。他の薬剤と異なり、5日間の内服や吸入の必要がなく、日本では2014年度には160億円以上を売り上げ、もっとも処方されている抗インフルエンザ薬です。ところが、この薬はアメリカでの臨床試験を中止し、そして販売する予定もありません。日本だけで売られている薬剤なのです。一方で日本での臨床研究では有効性が確認されています。国内で使用するにはこの便利な薬剤が重宝しますね。国内では絶大な能力を発揮するのに、MLBでは残念な結果に終わる選手に似ています。

 一方で、1988年に発売されアメリカで一番売れていた抗うつ病薬は、日本ではまだ未承認です。1995年には世界の売上高の4位、1998年にはアメリカでの売上高が2位となり、すでに後発品も発売されているほどに頻用されていましたが、日本では臨床研究が完遂せず、保険診療では使用できません。MLBのスーパースターが日本では鳴かず飛ばずといったイメージです。

 2014年の報告では、世界で一番売れている薬剤は関節リウマチの薬で125億ドル、そして世界の売上高のトップ10の薬剤はどれも日本で発売されています。これらの薬は人種の壁・環境要因などを超えて有効なのでしょう。ピート・ローズも、もし日本でプレーしていれば年間200本以上のヒットを打ったのでしょうか。それとも日本では、あまり通用しなかったのでしょうか。その点、イチローのすごさは、日米の野球文化の壁を超えて、あれだけの成績を残していることです。僕はそう思っています。

 頑張れイチロー50歳まで!

 人それぞれが、少しでも幸せになれますように。

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知りたい!_20131107イグ・ノベーベル賞 新見正則さん(1)写真01

新見正則(にいみ まさのり)

 帝京大医学部准教授

 1959年、京都生まれ。85年、慶応義塾大医学部卒業。93年から英国オックスフォード大に留学し、98年から帝京大医学部外科。専門は血管外科、移植免疫学、東洋医学、スポーツ医学など幅広い。2013年9月に、マウスにオペラ「椿姫」を聴かせると移植した心臓が長持ちする研究でイグ・ノーベル賞受賞。主な著書に「死ぬならボケずにガンがいい」 (新潮社)、「患者必読 医者の僕がやっとわかったこと」 (朝日新聞出版社)、「誰でもぴんぴん生きられる―健康のカギを握る『レジリエンス』とは何か?」 (サンマーク出版)、「西洋医がすすめる漢方」 (新潮選書)など。トライアスロンに挑むスポーツマンでもある。

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