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佐藤記者の「新・精神医療ルネサンス」

医療・健康・介護のコラム

抗精神病薬「ゼプリオン」使用後の死者80人超に

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抗精神病薬「ゼプリオン」使用後の死者80人超に

 2013年11月の市販開始以降、使用した患者の死亡報告が相次いだ抗精神病薬ゼプリオン。4週に1度、肩か 臀部(でんぶ) (お尻)の筋肉に打つだけで効果が持続する便利な注射剤だが、市販後、半年の死亡報告が32人に上り、このうち16人が突然死、あるいは突然死が疑われる死亡であることなどを、読売新聞などで伝えてきた。

 死亡報告の多さを受けて、厚生労働省は2014年4月、ゼプリオンに関する安全性速報(ブルーレター)の発出を指示。販売するヤンセンファーマ社に、医療関係者への注意喚起を行うよう求めた。更に、突然死のリスク上昇などにつながる多剤併用を防ぐため、添付文書の改訂も行われた。だが、以後も他の薬より早いペースで死亡報告が増えていった。

 2016年6月15日現在、医薬品医療機器総合機構(PMDA)のサイトに掲載されたゼプリオン使用後の死亡例(2016年1月までの報告を掲載)は83人に上る。手をこまねいていると、今年中に100人を超える恐れがある。

不十分な調査で因果関係も分からず

 抗がん剤の投与で副作用が疑われる死亡例が出ると、数例でも大騒ぎになり、詳しい調査が始まる。だが、ゼプリオンは死亡例の詳細な調査が行われず、死因すら分からない死亡報告も目立つ。そのため、ゼプリオンの投与と死亡との因果関係もはっきりしない。厚生労働省は「抗がん剤は劇薬の指定を受けているので慎重な対応を行っている」と説明するが、ゼプリオンを注意喚起だけで済ます理由にはならない。統合失調症患者の命の価値は、進行がん患者の命の価値よりも低いと考えているのだろうか。

 日本精神神経学会も頼りない。2014年6月に横浜で開かれた学術総会では、相次ぐ死亡報告を受けて、ゼプリオンの「緊急教育講演」が行われた。ところが講演した医師は、ゼプリオンに関してヤンセンの顧問的な立場(ゼプリオンの医学専門家)にある人物だった。利益相反のブラックジョークのような展開で、お粗末極まりない。

 ゼプリオン使用後の死亡報告の多さについて、ヤンセンの広報は2014年6月、私の取材にこう語った。「他の薬に比べ死亡率が高いとは判断していないが、より慎重な投与を医師に求めたい」

 この時、ヤンセンが強調したのは「統合失調症患者の死亡率はもともと高く、ほかの抗精神病薬もきちんと調べれば同様の結果になるはず」ということだった。だが、ヤンセンが内服薬として販売する同じ成分の抗精神病薬「インヴェガ」は、ゼプリオンの3年近く前の2011年1月に発売されたにもかかわらず、PMDAへの死亡報告は30人。同じくヤンセンが販売する類似成分の抗精神病薬注射剤「リスパダールコンスタ」は、更に古い2009年6月の発売だが、死亡報告はゼプリオンの半分以下の40人だ。

 ゼプリオンは、広く使われている抗精神病薬を注射剤にしたものなので、とりわけ危険な成分が含まれているわけではない。ゼプリオンが特殊なのは、初回に最も多い量を投与して、血中濃度を上げる使い方にある。添付文書では「通常、成人には初回150mg、1週間後に2回目100mgを三角筋(肩の筋肉)内に投与する。その後は4週に1回、75mgを三角筋又は臀部筋内に投与する」とある。このような用法・用量について「最初は少量から始めて、様子を見ながら次第に増やしていく投薬の大原則とはあまりにも異なり、患者によっては悪影響が出るのではないか」と懸念する声が販売開始時からあった。

医師の投与法や用量に問題か?

 千葉大学社会精神保健教育研究センター特任教授の渡邉博幸さんは「ゼプリオンを含む筋肉注射製剤は、筋肉内から血液中に入って全身に循環する薬の量に無視できない個人差がある。ゼプリオンの用量設定では、多過ぎる人がいるのではないか。また、ゼプリオンの基本的注意事項として、複数の抗精神病薬の併用を必要とするような不安定な患者には用いない、と添付文書にあるが、これを守らず、内服の抗精神病薬の処方を続けながら、ゼプリオンを上乗せ投与する例が今も続いているのではないか」と指摘する。

 ヤンセンの広報は次のように説明する。「ゼプリオンは適正に使っていただく限り、安全でよい薬だと考えています。出荷量と比較した死亡報告の割合も、市販後、半年の時点と比べると2分の1から3分の1に減っています。死亡例に対して、現在よりも詳しい調査を行う予定はありませんが、今年末か来年初めには、問題なく使用している患者さんの血中濃度のデータなどもまとまってきますので、今後の対策に生かしたいと考えています。リスパダールコンスタなどと比べると、死亡報告の割合が多いことは認識しており、引き続き、医師に適正な使用を求めていきます」

 他の抗精神病薬とゼプリオンを安易に併用する医師の投与法に問題があるのは明らかだが、こうした非常識な投与は根絶されていない。また、ゼプリオンの用法・用量にも見直すべき点があるのかもしれない。死亡例の詳細な分析や、正確な使用者数をもとにした死亡率の算出、使用中の患者の全例調査、適正投与量を見極める新たな研究などが早急に必要ではないか。患者の命を軽視した傍観は許されない。

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佐藤光展(さとう・みつのぶ)

読売新聞東京本社医療部記者。群馬県前橋市生まれ。趣味はマラソン(完走メダル集め)とスキューバダイビング(好きなポイントは与那国島の西崎)と城めぐり。免許は1級小型船舶操縦士、潜水士など。神戸新聞社社会部で阪神淡路大震災、神戸連続児童殺傷事件などを取材。2000年に読売新聞東京本社に移り、2003年から医療部。日本外科学会学術集会、日本内視鏡外科学会総会、日本公衆衛生学会総会などの学会や大学などで講演。著書に「精神医療ダークサイド」(講談社現代新書)。分担執筆は『こころの科学増刊 くすりにたよらない精神医学』(日本評論社)、『統合失調症の人が知っておくべきこと』(NPO法人地域精神保健福祉機構・コンボ)など。

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