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第10回 読売医療サロン「認知症とより良く生きる」

会員セミナー

認知症とより良く生きる(1)一緒にやっていくという視点が大切

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 読売新聞の医療・健康・介護サイト「ヨミドクター」は5月18日、第10回「読売医療サロン」を東京・大手町の読売新聞東京本社内で開きました。

 医療界で活躍する「旬の人」をゲストに招くプレミアム・イベントの今回のテーマは「認知症とより良く生きる」です。

ゲスト

のぞみメモリークリニック院長 木之下徹さん

東大医学部保健学科卒業。山梨医科大卒業。2001年、医療法人社団こだま会「こだまクリニック」(東京都品川区)を開院し、認知症専門の在宅医療に携わる。2014年、認知症の人たちがしたいことを手助けし実現させたいと、認知症外来「のぞみメモリークリニック」を開院。日本老年精神医学会、日本老年医学会、日本認知症ケア学会、日本糖尿病学会に所属。ブログ「認知症、っていうけど」(http://nozomi-mem.jp/)

のぞみメモリークリニック看護師 水谷佳子さん

「のぞみメモリークリニック」で、認知症がある人・ない人が話し合う「くらしの教室」を開催。認知症と生きる人の意見発信の支援を行う。

認知症当事者 吉田美穂さん

初期認知症を生きる体験、周囲の人にわかってもらいにくい当事者の悩み、日常などを積極的に発信している。67歳。

聞き手:岩永直子(ヨミドクター編集長)

  岩永  ヨミドクター編集長の岩永直子です。

 本日、ゲストにお招きした木之下徹さんは、日本の認知症のあり方を変えようとしている“革命者”です。

 現在、国内の軽度認知障害を含めた認知症の人数は800万人とも1000万人とも言われています。木之下さんは認知症の当事者グループの立ち上げに2014年にかかわり、認知症に対する理解を広げるために走り回っていらっしゃいます。年齢を重ねれば誰もが認知症を発症する可能性があり、決して人ごとではありません。

 マスコミの責任も大きいのですが、これまでの報道では高齢の重症「患者さん」を介護する家族のご苦労ばかりがクローズアップされ、認知症の人が「どう生きるか」「生活しやすくするために社会をどう変えていけばいいか」などについては、あまり注意を払ってきませんでした。

 そのために、「認知症になったら人生おしまい」のような、真っ暗なイメージをみなさんの心の中に植え付けてしまったと思うのです。

 お招きした木之下さん、水谷さん、吉田さんは、そんな状況を変えようと努力されていて、私自身もその姿に深い感銘を受けてきました。今日の医療サロンが終わったら、みなさんの認知症に対する考え方はがらりと変わると思います。

 たとえ認知症になっても居心地のいい社会をどうすれば作れるのか、みなさんが自分の身になって考えるきっかけになればいいと思います。

生きていれば、誰もが認知症になる可能性がある

認知症とより良く生きる(1)一緒にやっていくという視点が大切

第10回読売医療サロンで講演する木之下徹・のぞみメモリークリニック院長 (5月18日、読売新聞東京本社で)=高梨義之撮影

 ご紹介いただいた木之下です。

 まず、日本国内の認知症の人数について考えてみましょう。この表は、2年ほど前に厚生労働省が行った認知症の疫学調査結果です。かなり精度は高く、世界でもここまできちんと疫学調査やった例はほとんどないだろうと思います。

 調査結果によると、認知症の人数は2012年度時点で462万人です。さらに、予備軍とも言える軽度認知障害、いわば認知症のハイリスクグループが400万人程度ですので合計862万人です。これが2016年になると1000万人を超えています。比率に直すと、2012年の調査では65歳以上の人口の約27%が認知症、もしくはハイリスクグループに属します。2016年になると30%を超えています。どんどん増えています。このまま2060年になると40%を超えるとされています。

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 85歳を過ぎると、半分ぐらいは認知症か予備軍になる。もしもみなさん全員が運良く95歳ぐらいまで生きたとすると、なんと92%が認知症になるわけです。

 つまり認知症は生きていればなるわけです。誰もがやがて遭遇する状況なのです。

 一方、医療機関で認知症と診断された人の数はどれぐらいでしょう。いろいろなデータなどを総合すると、認知症との診断がついた人はだいたい120万人ぐらいと推察できます。つまり、ほとんどの認知症の人はまだ医療機関で受診さえしていないということです。本当に大変なのはこれからなのですね。

 うちのクリニックには、ご家族と一緒に来院される方が多いのだけど、最近では「自分は大丈夫なのだろうか」と考えて、一人で来られる人が増えています。ご自分で疑いを持って、検査を受けた結果、やはり認知症であるとわかっても、「このことは家族には黙っていてください」と言われる方もいます。

 少し前の時代とはずいぶん様子が違います。

 以前は、家族に連れられて私のクリニックの前まで来られたのに、外の看板に「認知症、軽度認知症」と書かれているのを見るなり、「ふざけるな!」と怒って帰ってしまった方も多かったのです。

 認知症は人間の生き方にかかわってくる問題です。だから人ごととしてとらえるか、自分自身の問題と考えるかによって病気の姿や見え方がずいぶん違うのですね。

 先ほど、岩永編集長はメディアに問題があると言ったけれど、僕は医療側の問題もあると思います。ご家族が苦労するような大変なケースばかりを強調してきたと思うのです。認知症をかかえる本人が大変なケースというのは、あまり語られてこなかったわけです。

 僕は認知症と診断されたご本人に、ご本人の状況を伝えることにしています。なにせ本人が気になって受診されたのですから。「あなたの脳の状況はこんな感じです。数字はこうなっています」と言います。年齢にかかわらず、その方の人生にかかわってくる問題ですから、なるべく丁寧に伝えているつもりです。はっきりと言われると、たいていの方は 愕然(がくぜん) とされます。当人の知っている認知症のイメージが、あまりにも厳しいものだからです。自分がそんな状況になったと知ってショックを受けられる。しばらくすると、「じゃあ、これ以上進まないためにはどうしたらいいのですか?」「治らないのですか」と質問をされます。

 また、「認知症ではない」と診断された方でも、「いずれ認知症にならないように、予防は何をすればいいのか」と質問される方がかなり多いです。

認知症の予防は可能なのか?

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認知症のとらえ方について語る木之下院長、左は岩永・ヨミドクター編集長(5月18日、読売新聞東京本社で)=高梨義之撮影

 認知症の予防は可能なのでしょうか。またそれについて、世界中で共有している考え方は何でしょう。

 米国にアルツハイマー協会という巨大なグループがあります。そこのホームページには、「心臓にいいことは脳にもいい」と書かれています。心臓に良い生活を心がけることで、認知症のリスクの軽減はできるということです。これが世界の共通認識です。長期にわたって心臓にいい食生活を続け、脂肪とコレステロールを減らし、適度に運動をして、たばこは吸わない。

 つまり血圧やコレステロール値、血糖値などの数値を適切に保つことが認知症の予防になるということです。

 これ以外にも、認知症予防にはいろいろな提案はあるのですが、本当に有効かどうかは実証されていません。

 たとえばイチョウ葉エキスが認知症に効くとの説がありました。これは論文で否定されています。効果がなかったわけです。同様に「認知症予防になる」と言われる食品やサプリメントはたくさんありますが、本当のところはどうなのでしょうか。

 最近、話題になっているのはココナツオイルが認知症予防に効くとする説です。

 世界のMEDLINEという医学論文データベースで調べてみると、ココナツオイルと認知症について研究されたものは4つしかありません。「効果あり」と書いている論文もあるのですが、まだはっきりしていません。

 「効く」とする説によると、認知症の予防には、毎日大さじ1杯のココナツオイルを飲みなさいとあります。ただし、ちょっと考えてみてください。大さじ1杯は約15ccに相当します。エネルギーに換算すると135キロカロリーにもなります。ご飯1杯分です。予防になるからと信じて、ココナツオイルをがんがん飲んで、結果的にメタボになったら「心臓にいいこと」とは正反対になってしまいます。

 先日、診療に来た認知症の人は「どうすれば、自分の認知症がこれ以上進まなくなるんですか?」と気にされていました。「ココナツオイルを飲めばいいのでしょうか?」と。

 しかしその方の血圧は200を超えていました。私は「まず血圧を正常に近づけることが先決です」と申し上げました。血圧が200を超えている人が、毎日ココナツオイルを飲む、というのは順番が違います。「認知症予防の前に、自分の身体を管理したほうがよほど有益ですよ」と申し上げました。

親子での言葉のトラブル

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 ここで、よくある物語をご紹介します。

 子どもの部屋はおもちゃが出しっぱなしです。それを見た母親は「どうしてちゃんと片づけないの!」と叱ります。それに対して、子どもは「後でやるよ」と返します。すると親が「すぐにやりなさいと言ったでしょ!」と言います。子どもは「そんなことは聞いていないよ」。母親は「いや、やりなさいと言ったでしょ」と繰り返すと、子どもは「聞いていない」と抵抗する。

 これは、どこの家庭にもある話です。それでは、こちらはどうでしょう。

 娘が親のために作った食事がテーブルに出しっぱなしです。それを見て、娘が母親に「さっき食べてって言ったでしょ」と言います。それに対して母親は「そうかなあ、そんなことは聞いていないよ」と返します。そこで娘が「いや、さっき言った」と言うと、母親は「そんなことは聞いていない」と抵抗する。

 何十年も親子関係をやっていると、このパターンになります。

 この2つの押し問答は、同じ「言った」「聞いていない」の水掛け論ですが、ニュアンスも意味もまったく違います。

 最初の例では、子どもは言われたことを本当は覚えているが、シラを切って逃げ切ろうとしているわけです。だから、子どもは自分が怒られている理由がわかっています。

 2つめのケースでは、母親はシラを切っているわけではありません。母親にとっては身に覚えがないのです。シラを切ったり、 (うそ) をついたりしているのではありません。

 認知症は、脳の持っている力の一部が低下するわけですが、その典型は記憶の障害です。「記憶」という行動を簡単に説明すると、外の情報を脳に「入れ」、脳に「持っていて」、それを脳から「出す」ことです。認知症による機能低下を起こすと、この「入れる」ことが苦手になるわけです。情報を脳内に入れることができれば、ちゃんと覚えていられるのです。情報を脳内から「出す」機能は意外と保たれているものです。

 出しっぱなしの食事についても、娘は母親がシラを切っていると思っているわけですね。というよりも、シラを切っていると思いたいのです。自分の親に対してですから。娘の立場では、自分の母親のこととなると、言わないではいられなくなるものなのですね。

 この状況は、やがて深刻な状況を生み出すことがあります。親子間で生じる葛藤の多くが、この状況の延長線上にあると思います。

 よく親子関係におけるトラブルでは、暴言や暴力が原因などと単純に説明されることが多いのですが、そこにつながってしまう背景には、この問題が隠れていることが多いのです。

 「さっき言ったでしょ」という同じせりふに対する反応では、小さな子どもと年老いた母親ではまったく対極の意味があります。つまり、「シラを切る」という嘘をついているのか、そうではないのか。子どもは自分が嘘をついていることを自覚しているので、その後にいくら怒られても、理由についてはわかっています。一方、年老いた母親は、決して嘘をついているつもりはありません。それでも嘘だと決めつけられます。これでは母親は自分を否定せざるを得なくなります。

 私が娘さんにそう指摘すると、彼女は感情的になって「だったら私はそれを言ってはいけないんですか!」と言い返してくる。自分を育ててくれた大切な母親だけに、むしろ我慢ができなくなってしまうのですね。

 みなさんだったら、この娘さんになんと言うでしょう。

 僕は、「言いたいことは言ってください」と伝えます。そうすると、逆に娘さんは「そんなこと言っても、本当はよくないんでしょ」と言ってくる。そこで僕は「本当はよくないです」言います。結局、娘さんは「どうすればいいの」となってしまいます。

 だけど、お母さんが嘘をついているわけではないことを娘さんがわかったわけです。そのうちに口調や態度は少し変わるものです。「さっき言ったでしょ」と言うにしても、母親の状況を少し理解している言い方とまったく理解していない言い方では、受け取る側の印象も大きく違うはずです。

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 ここ2、3年で様々な立場から、認知症の現状について伝え、考えていこうという時代が始まりました。2013年にはロンドンでG8による認知症サミットが開催され、日本国内でも2014年10月に「ジャパン・ディメンチア(認知症)・ワーキンググループ」、つまり認知症当事者による当事者のための会が発足しました。さらに同年11月には「新しい介護と予防モデル」と題した後継イベントが開催され、安倍首相が「認知症の方々を支えられる側と考えるだけでなく、御本人に寄り添い、認知症とともにより良く生きていただけるよう支援していく」と言いました。「ともに」という言葉を強調したのです。首相は認知症で大変な思いをしている家族の視点ではなく、当事者本人の視点で言っています。

 これで政策も大きな影響を受け、メディアも変わりつつあります。認知症のとらえ方がずいぶん変わってきました。

 一方、認知症の家族について考えることが無意味かというと、決してそんなこともありません。家族も自分のこととして考えることによって、先ほどの娘と母の水掛け論のようなケースでも、選ぶ言葉や話しかける口調が変わるかもしれません。

 人は人との関係性で成り立っています。僕たちは常に誰かに何かをしてあげようと思ってしまう。だから認知症の人にも、何かをやってあげようと考えてしまう。実はそうではなくて、一緒にやっていくという視点が大切なんだと思います。そう意識するだけで、やれることも変わってきます。対応の仕方もずいぶん変わるはずです。うまく折り合いがつくようになるかもしれません。

 

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