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原記者の「医療・福祉のツボ」

医療・健康・介護のコラム

貧困と生活保護(33) 必要のない手術を繰り返していた山本病院事件

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診療内容に踏み込まない行政

 山本病院の場合、1999年の病院の開設当初から、不適切な診療などについて匿名の投書が県に数回寄せられていましたが、医療法に基づく年1回の保健所の立ち入り調査しか行われませんでした。07年夏に詳細な投書があり、保健所が事情聴取したものの、理事長に否定されて不正を確認できず、結局、県警に捜査を依頼しました。その後、生活保護法に基づく立ち入り調査を08年3月と09年3月に実施したものの、不正・不当は確認できず、「検査がやや過剰」「カルテ記載が不十分」といった改善指導にとどまっていました。

 県の委員会は、再発防止のため、法令の順守や書類の形式だけでなく悪質な事案の調査・解明を重視すること、内部告発情報の共有、関係機関の連携、生活保護指定医療機関への定期的な検査、ホームレスなど単身者への支援などを挙げました。県はその後、医療法に基づく医療監視の調査項目について、従来のスタッフ数、清潔保持、構造設備などに「診療内容」を加えるよう国に要望しました(医療安全管理は07年度から対象になっている)。

 たしかに、保健所など医療行政の調査が形式的で、診療内容になかなか踏み込まないのは、診療内容が基本的に「医師の裁量」とされ、現行の医療法では正面から調べにくいことが一因です(ほかに職員のやる気の低さ、病院への頼みごとがあると強く出にくい点なども問題)。また、生活保護行政では、ケースワーカーがめったに病院を訪れないうえ、病院への立ち入り調査の頻度も少ないようです。とくに大阪市や東京都のように区域外の多数の病院に生活保護の患者が入院している場合は、調査が不十分です。

問題病院は今もある

 ホームレス状態の人を含む生活保護の患者を多く受け入れる「行路病院」がある程度、専門化するのは、体が汚れている時に洗うなどの手間がかかる、一般の患者が違和感を持って敬遠するといった事情があります。一方で、診療内容や療養環境はあまり問題にならず、病院の評判と関係なく救急や転院のルートで患者を確保できる。患者には病院を選ぶ余地がなく、ほかに行き場がないまま自分で退院したら、野宿するしかない。身寄りの乏しい患者や医学知識の少ない患者が比較的多く、本人からも家族からも苦情が出にくい。訴えられることはめったにない。医療スタッフが抱いている差別意識も影響しているでしょう。そういったことが低水準医療、過剰診療、不正の温床になるのです。

 筆者が見聞きした範囲でも、疑問を感じる行路病院はいろいろあります。複数の患者に尋ねて医師の診察が何か月もないという病院、本人に心当たりのない病名が何個もついた病院、薄汚れた病棟にたくさんのベッドが押し込められている病院、ほとんど治療がないまま入院を続けさせる病院、手や足をくくられた患者が目立つ病院、大した症状でない患者でもどんどん入院させる病院、小規模なのに手術をたくさんやっている病院……。近年は生活保護の入院患者が減少傾向なので、空きベッドを埋めるために患者の確保に必死になっている病院も多いようです。

 とはいえ、具体的な情報を得て、明らかな不正や問題点の裏付けをしないと、個別には報道できません。

患者の人権を守る実効性のある方策を

 行路病院への根本的な対策は、暮らしの場を確保する福祉の推進、社会的入院の解消、公的な病院のこの分野への関与ですが、不適切な医療を防ぐため、当面の実効性のある手だても必要です。医療費や財政の面だけでなく、医療の質と人権の面から考えることが重要です。

 第一に、各患者の入院診療計画書とソーシャルワーカーによる支援計画書を、各病院から福祉事務所へ提出させる。入院したら病院にまかせきりという姿勢を改めるのです。

 第二に、生活保護行政が医師あるいは看護師を雇い、病院へ出向いて、個々の患者の病状や診療計画について、カルテも見ながら病院の医師や本人と協議する。法的権限によらない任意の協議でよいし、何人かの患者をピックアップする方式でもかまいません。おかしな医療に歯止めをかける実質的な効果があり、もし不審な点があれば見えてきます。病院側が協議を拒否できる理由はないはずです。

 第三に、外部から「患者サポーター」を派遣し、病棟を巡回して患者の相談に乗る。弱かった患者側の力を高めるわけです。サポーターは、たとえば看護師や社会福祉士、精神保健福祉士でもよいのですが、患者への面会などに取り組んできた民間団体があるなら、委託するのも効率的でしょう。退院促進の方策として位置づければ、生活保護の自立支援プログラムなどの形で国の補助を受けられます。

 第四に、行政によるチェックの重点を、問題があるとみられる病院に置く。行政は、どの病院にも公平に、と考えがちですが、それは一種の手抜きだと思います。内部告発や苦情を重視し、抜き打ち調査を含めてしっかり調べることが重要です。とりわけ虚偽の診断は、レセプトやカルテなどの書類をいくら点検しても、なかなか見破れません。実際に患者に会い、画像診断や検査データを確かめることです。

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原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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