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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

貧困と生活保護(33) 必要のない手術を繰り返していた山本病院事件

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 生活保護の患者をターゲットにした医療の問題。今回は、奈良県にあった山本病院の事件を振り返ってみましょう。この事件は発覚が2009年と比較的新しく、きわめてショッキングな内容だったので、覚えている方が多いかもしれません。

 必要性のない心臓のカテーテル検査・血管内手術を繰り返していたほか、手術しなくてもよい肝臓の手術までやって、患者を死なせていたのです。

 こういう事件の再発防止には、医師の倫理を問うだけでなく、行政が医療内容に踏み込むこと、そして、身寄りの乏しい患者らの人権を守る具体的な手だてを講じる必要があります。

 また、医療安全や医療事故をめぐる制度づくりでは、スタッフがまじめに努力する中で起きてしまう事故がすべてのような前提で議論する医療関係者が多いのですが、患者の命を軽んじる医師・病院が現実に存在することを忘れてはなりません。

経験のない肝臓手術を麻酔医なしで強行

 金魚の産地で知られる城下町、奈良県大和郡山市。山本病院は、そこにあった80床の小さな病院ですが、大阪を中心に生活保護の患者を多数受け入れる、いわゆる「行路病院」の一つでした。

 奈良県警が強制捜査に着手したのは、病院ができてから10年後の09年6月。その直後の7月に病院は休止届を出して、そのまま実質廃院になり、経営母体の医療法人雄山会も同年12月に自己破産しましたが、複数の案件が刑事事件になりました。

 ひとつは、架空請求による詐欺です。実際にはやっていない生活保護患者への心臓カテーテル手術(ステント留置術)の診療報酬を請求し、患者8人分で計835万円余りを不正受給したというものです。山本文夫・元理事長は最初に、この詐欺容疑で逮捕・起訴され、懲役2年6月の実刑が確定しました。

 もうひとつは、肝臓の手術による死亡です。06年6月、生活保護の男性患者(当時51歳)が出血死した手術をめぐり、山本元理事長は業務上過失致死の疑いで10年2月に改めて逮捕・起訴され、禁錮2年4月の実刑判決を奈良地裁で受けました(本人は控訴したが、高裁で棄却されて確定)。

 判決などによると、男性の肝臓にあったのは良性の血管腫で、手術の必要はなかったのに、がんと誤診して肝臓の一部を切除する手術を行いました。その部位の切除は大出血の危険性を伴う高度な手術なのに、主導した山本元理事長は心臓血管外科、もう一人の医師は呼吸器外科が専門で、ともに肝臓手術の経験はまったくありませんでした。そのうえ麻酔医もおらず、輸血の用意もしないまま手術を行い、術後の止血も不十分でした。死因は当時、急性心筋梗塞として処理していました。

故意犯での立件も検討されたが……

 必要がないのに手術したら本来、故意の医療犯罪です。肝臓の血管腫とがんの画像診断による判別は簡単なもので、当時の副院長は、本当にがんなのかと疑問を伝えていました。手術中に静脈を傷つけて出血したのに、元理事長は縫合を終えると手術室から姿を消し、連絡が取れなくなっていました。そうしたことから、県警は当初、傷害致死容疑で捜索を行い、故意犯としての立件をめざしたのですが、地検が慎重を期して過失犯にとどめました。

 なぜそんな手術をしたのか。検察側は論告で「興味本位でなされた人体実験といえる無謀な手術」と指弾しましたが、真相は結局よくわかりません。そもそも、小さな病院でやれる手術ではないでしょう。

 病院関係者によると、男性は手術前に「早期にがんを見つけてもらって良かった。早く治して、自立したい」と喜んでいたそうです。男性の父親は事件発覚当時、「死亡前日までの日記には、健康を取り戻すために医師を信じて手術を受ける決心をした心境がつづられていた。実験台にされたのかもしれない。むちゃくちゃな手術をされ、何も知らずに死んでいったのかと思うと無念でならない」というコメントを出していました。

少なくとも140人に必要のない心臓カテーテル手術

 もうひとつ、びっくりする実態が11年1月、関係自治体の調査でわかりました。生活保護患者に行われた心臓カテーテルによる血管内手術(ステント留置術)のうち、140人分は必要ないものだったと大阪市、堺市、東大阪市、京都市の4市が鑑定を依頼した専門医たちが判断したのです。

 ステント留置術は、心臓の冠動脈が狭くなっている場合に、ステント(金網状の筒)を入れて広げるものです。治療中のX線透視の様子を記録した山本病院の動画をチェックしていくと、冠動脈に詰まりがまったくないか、治療対象にならない程度のものが多数みつかったのです。大阪市の生活保護患者の場合、動画のあった116人のうち98人が不要な手術だったと判断されました。

 11年10月、厚生労働大臣は、山本元理事長の医師免許を取り消す処分を行いました。架空請求による詐欺で有罪が確定したことが直接の理由ですが、不要な手術も実質的に考慮した判断でした。

 生活保護で支払われた医療費はどうなったのでしょうか。医療法人が自己破産した後、29の府県市が、過去の診療報酬のうち3億2000万円余りについて、不正や過剰請求の疑いがあるとして債権届を出しました。しかし破産管財人は認めず、さらに争った7自治体の届け出額の1割だけを奈良地裁が債権として認めたものの、負債も多かったため、最終的な配当は7自治体で143万円余りに終わりました。1億1370万円余りの返還を求めていた大阪市への配当は92万円余りでした。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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