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佐藤記者の「新・精神医療ルネサンス」

医療・健康・介護のコラム

覚醒剤招く「心の隙間」を埋めるには

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 覚醒剤犯罪者の出所後5年以内の刑務所再入率は、約50%と高い。長く収監して「反省」や「改心」をさせても、出所するとまた薬物に頼り、刑務所に戻ってくる。第三者が「何度やった気が済むのか!」「一生入っていろ!」と非難するのはたやすい。だが、再使用をやめられないのは、本当に「反省が足りないから」なのだろうか。薬物依存症という「病気だから」ではないのか。

 刑期を終えた薬物依存症患者を、自己評価が低いまま社会に放り出しても、生き馬の目を抜く社会でうまく立ち回れるはずもない。ストレスで心の隙間が再び広がり、薬物への病的な欲求がぶり返して、再使用に至る。その繰り返しで再犯を重ねていくのだ。

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薬物依存症の集団カウンセリング治療に取り組む埼玉県立精神医療センターの医療スタッフ

 では、どうしたら再犯を防げるのか。民間リハビリ施設への入所や自助グループへの参加に加え、有効と考えられているのが、専門医療機関が認知行動療法をベースに行うカウンセリング治療だ(2016年4月6日の夕刊からだ面「薬物依存症の専門治療」で詳報)。医師や看護師、臨床心理士ら医療スタッフと、複数の患者で行う外来の集団カウンセリング治療は、今年4月から公的医療保険が使えるようになった。

医師の親身な対応で外来通院5倍に

 埼玉県立精神医療センターなどが行った興味深い研究がある。覚醒剤や危険ドラッグなどを使用して混乱し、精神科救急病棟に入院した薬物依存症患者に、主治医が簡単なテキストを用いた1日10分程の関わりを5日間行うと、退院後に外来通院を一定期間続ける患者の割合が5倍になったというのだ。外来通院を継続すると、断薬率が飛躍的に高まることが知られている。

 この調査の対象は、2013年9月から14年8月までの1年間に、同センターなど2病院の精神科救急病棟に入院した薬物依存症患者31人。逮捕などで退院後に通院できない患者は除いた。テキストは全19ページで、同センターが作成。依存症の基礎知識や、再使用を防ぐ方法、今後の生活の具体的な計画の立て方、などを5回に分けて学ぶ。患者の入院中に主治医が病室を度々訪れ、このテキストをもとに薬物依存症について話し合った。1回10分程で学習でき、主治医は要点部分を声に出して読み合うなどして、患者との関係を築いた。

 この方法の導入前1年間は、2病院の患者の退院後の外来受診率は30%だったが、導入後1年間は81%に上昇。外来通院を3か月継続した患者は、11%から58%へと顕著に増えた。同センター副病院長の成瀬暢也さんは「患者は自信がなく孤立した人が多い。テキストの内容よりも、医師が親身になって回復を考える姿勢が、患者を変えたのだと思う」と話す。

刑の一部執行猶予に医師不足の暗雲

 明日6月1日から、薬物犯罪者らに対する刑の一部執行猶予が始まる。長い実刑は再犯を防ぐ決め手にはならないので、実刑の一部期間を執行猶予にして、保護観察下で医療的な支援などにつなげる画期的な取り組みだ。

 だが課題は多い。日本国内では、覚醒剤などの薬物依存症患者に適切に対応できる医師は極めて少ない。アルコール依存を診る精神科医は比較的多いが、覚醒剤依存になると「十数人しか思い浮かばない」と嘆く専門家もいる。

 精神科医の多くは、薬物依存症患者が抱える「生きにくさ」に目を向けず、一般人と同じようなマイナス感情を抱いて治療に関わろうとしない。自分を毛嫌いする精神科医のもとに、傷つきやすい心を内包した患者が通い続けるはずはない。

 成瀬さんは「患者を受け入れる医療機関を早急に増やすためには、精神科医が患者への忌避感情を改める必要がある」と訴えている。

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佐藤光展(さとう・みつのぶ)

読売新聞東京本社医療部記者。群馬県前橋市生まれ。趣味はマラソン(完走メダル集め)とスキューバダイビング(好きなポイントは与那国島の西崎)と城めぐり。免許は1級小型船舶操縦士、潜水士など。神戸新聞社社会部で阪神淡路大震災、神戸連続児童殺傷事件などを取材。2000年に読売新聞東京本社に移り、2003年から医療部。日本外科学会学術集会、日本内視鏡外科学会総会、日本公衆衛生学会総会などの学会や大学などで講演。著書に「精神医療ダークサイド」(講談社現代新書)。分担執筆は『こころの科学増刊 くすりにたよらない精神医学』(日本評論社)、『統合失調症の人が知っておくべきこと』(NPO法人地域精神保健福祉機構・コンボ)など。

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