高崎尚樹の健康ルネサンス
健康・ダイエット・エクササイズ
鬼平“散歩帳” 五月晴れ編
「つまりは、人が生きていくのに、もっとも大切なのは……例えば、今日の朝飯どうだったとか、今日は何とか暇を見つけて、半刻か一刻、好きな場所にでかけ、好きなものでも食べ、ぼんやりと酒を飲みながら……今日の晩飯は何を食おうかと考え、夜は寝酒を一合のんびり飲み、疲れた体を伸ばして、無心に眠る。このことに尽きる」。
鬼平犯科帳 寒月六間堀に、こんなくだりがある。筆者に当てはめてみると、「今日の散歩は、亀戸の
私たちが生きていく世の中:社会のことは、たいがい大枠の方向性は決まっていて、人はそれを、文化や慣習、生活習慣、時に“社会性”とも呼んでいる。また、その中で特に大切なことが、法律や制度として社会に生きる人々の暮らしを規定している。
このコラムの主題である「健康」の維持・増進についても同じことが言える。運動・食事・休養・禁煙などが「公衆衛生学」として研究され、その要となる「 日本公衆衛生学会 」は日本最大の規模を誇る学会であり、こんな筆者もその一員として加入させていただいている。
「体に正しいことをし、悪いことを排除すれば、健康でいられる。」この命題に誤りはない。この時、「健康」に関する「公」のコンセンサス:合意は重要であり、その前提となるのは、「人は常に合理的に考え、合理的に行動する。」という完全経済人モデルの考え方である。
ただ、人は常に正しいことばかりができるわけではない。筆者が専門とする経営学では、「人はおおむね合理的に考え行動するが、時として非合理的な判断・行動をすることもある」という「限定合理性」を説明している。ダイエット期間中は、日々食事内容に気をつけてはいるが、どうしても高カロリーで「イケナイ!!」とわかっているが、どうしてもカツカレーが食べたくなり、ついに注文してしまうことなどは、その好例=悪例である。
健康や体に関する正しさと、日々の生活に寄り添うこと。筆者は日々の仕事や経営学の研究を通じて、健やかな社会の実現に近づきたいと考えている。このコラムで紹介していることは、前記の限定合理性のうえに立ったアプローチの一手法でもあると考えている。
大切なことは、社会に暮らす誰もが「自分ごと」として、健康づくりや医療・介護制度を捉えることであり、誰もが自立と自律をして日々の生活を送ってほしいと切に願っている。
さて、このコラムは今回で終わることになった。
稚拙な健康与太話をお読みいただいた聡明な読者の皆様に厚く御礼申し上げると同時に、読者の皆様と社会が健やかであることを心より祈念している。
筆者のライフワークである鬼平“散歩帳”の紹介も最後になるが、また別の場所でお目にかかる時のために、しばらくの間“長い散歩”に出かけることとする。(完)
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