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大学病院でがん患者を看護する立場から 梅田恵

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

【現状と課題】医療者にあなたの選択を伝えていますか?

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テーマ:現状と課題

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 私は、「がん看護専門看護師(注)」を育てている教員です。そして、同時にがん看護専門看護師として、病院のがん医療の現場でがん相談や外来などでも仕事をしています。がん患者の苦痛を取り除く「緩和ケア」を通してもっと看護師が活躍し、さまざまな苦痛やがんの診断を受けた時の衝撃が和らげられることを願い、この分野でキャリアを重ねてきました。

 がんの診断を伝える場面や、がんの再発への治療の相談の場面に立ち会うときに、主治医からの説明が本当に理解できているのか、患者さん自身が治療の選択を行う、治療の主人公であると思えているだろうかと、いつも気になります。

 「良くわからないけれども、先生に任せます」

 「先生のご指示に従います。必ず治してください」

 といった患者さんの発言を聞くと、心情は理解しつつも、本心からそのように思っておられるとは考えられません。こうした言葉は、主治医の気分を損ねたくないと願う患者さんの決まり文句になっているのではないでしょうか。

 転移のある進行がんの診断を受けた70代後半のMさんの診療の時のことです。Mさんは独身。手術治療・放射線治療・抗がん剤治療のどの治療から始めるか、それとも何も治療をしないで様子を見ていくかの選択をしなければならない場面がありました。心臓と肺の持病があり、どの治療も利益と不利益がある状況でした。

 ご本人は、何も困っていないと話されますが、診察中も き込み、睡眠や食事に支障をきたしているのではないかと心配です。「ずっと入院させてくれれば、どれでも先生の好きな治療から始めてくれていい」とおっしゃいますが、長期入院は日本の医療制度上難しく、他に入院治療が必要な多くの方々との公平性を欠くことになります。

 完全に治癒を目指せる治療ではなく、残された時間が少しでも延長すること、彼の希望に沿った生活を少しでも長く続くことを願い時間をかけて話し合おうとしますが、入院で何とかしてほしいMさんと、時間を大切にできるような治療を選びたい主治医とは話が絡むようで絡み合いません。命の限界も視野に入れた選択が迫られるのですから、考えたくない、考えられないMさんの気持ちへの配慮も必要です。

 医師の診察のあと、私は時間をとり、Mさんの生活のことや、気になっていること、生活上困っていることなど話を聞かせて頂きました。すると田舎で高齢の母親の世話を高齢の兄が行っていてこれ以上問題を持ち込みたくないこと、既に今の生活に限界を感じていて、何も希望することはなく、近所の人などに迷惑をかけずに過ごしたいこと、いつかは命の限界があることは理解しているが、100歳の母親より先に逝くような親不孝はしたくないこと、などお話しいただきました。

 がんの診断自体がMさんの生活そのものを見直すきっかけになっているのかもしれません。いずれにせよ、1人で抱え込むのは賛成できないので、ご親戚や友人の方を含めこれから相談しようということになりました。

 これから複雑な治療経過を、協力して歩んでいくときの大切な最初の医療者とのコミュニケーションが成立できていない事例は少なくないように思います。多くの患者さんは「医療者は個人個人を尊重できず、患者さんの意向や希望、選択を伝えることは、好まれない。自分の希望を伝えることは迷惑だ」と決めつけておられるように思えてなりません。

 特に治癒(完治)の望めない状況での選択では、治療を行う効果の裏付けも弱く、治療に伴う副作用で、自由に生活できる時間を減らすことになるかもしれません。この段階での選択は、患者さん個々の生活の意味や志向、優先性などが選択の決め手になっていきます。

 患者さんの今抱えておられる問題や、懸念について、時間をかけたり、医療者側の考えを伝えたりしないとコミュニケーションになりません。繰り返し医療者の説明を行うよりも、患者さんの考えや生活を聴く、そこからどのような治療を選択するかを考えていく看護師の橋渡しはとても重要だと思います。ただ、このことに時間をどれだけかけられるか、医師も看護師も時間の制約の中で、少しでも患者さんが納得できる治療が受けられるよう工夫しているのです。

 それまで受けてきた治療における不愉快な経験や評判ゆえに、協力関係がもう一歩深まらない状況があるのではないかと心配しています。出会った患者さんやご家族には、どのような生活や仕事の背景の中でがんに向き合うことになられたのか、治療に影響する生活背景や既に抱えておられる問題がないかなどを問いかけながら、治療の選択は患者さん自身が納得し主体的に行うべきで、自身の意向を伝えても医師は怒ったりしないことを積極的に伝えるようにしています。

 日本の医療は世界に誇ることができ、分け隔てなく必要とする患者さんへ適正な治療が提供できるシステムをもっています。説明のわかりやすさや、患者さんやご家族の気持ちへの配慮について、医師や看護師に個人差があるのは否めませんが、患者さんやご家族の利益に向かい、ベストを尽くしたいと、ほぼ全ての医療者は努力しています。

 何も言われないことで、「患者さんは納得しているのだな」と認識してしまう医師もいるかもしれません。治療に関わる患者さんの気がかりや意向を、医師に伝えるきっかけをいかに作るのかは、看護師の患者さんやご家族とのコミュニケーションや関心の寄せ方にかかっているのではないかと考えています。

 「自己主張の西洋文化」と「調和の東洋文化」と、医療の現場では、東西文化の対照的な側面がクローズアップされます。ただ、日本の医療現場で活動する看護師として、患者さん自身も、主体性や自身の心身への責任感を持ち、もう一歩主張する文化を採り入れることが必要なのではないかと思っています。

 終末期医療の現場でも、患者さんの個性が尊重できる、多様性が受け入れられる成熟した文化に向かっていることを願っています。超高齢化社会を迎え、人の志向の多様性や、誰も経験したことのない高齢者の生活と医療は密接に関わっています。高齢者にとっての治療がもたらす利益と不利益の判断は、科学的な裏付けや経験が少ない中で、考えなければなりません。医療者の勝手な見積もりや判断では、患者さんやご家族にとって満足できる医療にならない時代に突入していることを、医療を受ける側とともに医療者も十分認識しなければならないように思います。

 患者さんやご家族の意向や希望の表現が み取られ、患者さんご自身にとっての大切なことや幸せを共に考えられるような看護ケアの技を磨いていきたいと思っています。

 読者の皆さんは、治療の選択や療養の場を選ぶ時、自身の意向や希望を伝えることは当然と考えられているでしょうか。下手に意向を伝えることで、医療者の心象を害するとの思い込みはないでしょうか?

 注:がん看護専門看護師;日本看護協会が1996年から始めている認定制度です。それぞれ専門分野で臨床経験を積んだあと、専門の大学院教育を経て認定されます。現在、がん看護を含む11分野1678名が認定を受けています。

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【略歴】

 梅田 恵(うめだ・めぐみ) 昭和大学院保健医療学部研究科(がん看護専門看護師コース)教授、昭和大学病院看護部

 1992年、聖路加看護大学卒業。1994年4月~2006年9月、昭和大学病院看護部。00年、がん看護専門看護師認定。13年、聖路加看護大学院博士後期課程修了。2014年11月、現職。後進を教える傍ら、大学病院で診断時からの緩和ケアに携わっている。日本がん看護学会理事。死の臨床研究会 世話人 国際交流委員。日本緩和医療学会評議委員。編著書に『がん看護の日常にある倫理』(医学書院)、『骨転移の知識とケア』(同)、『専門看護師の思考と実践』(同)、『がん患者のペインマネジメント』(日本看護協会出版会)、『緩和ケア』(南江堂)

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さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

 終末期医療やケアに日々、関わっている当事者や専門家の方々に、現場から見える課題を問いかけて頂き、読者が自由に意見を投稿できるコーナーです。10人近い執筆者は、患者、家族、医師、看護師、ケアの担い手ら立場も様々。その対象も、高齢者、がん患者、難病患者、小児がん患者、救急搬送された患者と様々です。コーディネーターを務めるヨミドクター編集長の岩永直子が、毎回、執筆者に共通の執筆テーマを提示します。ぜひ、周囲の大事な人たちと、終末期をどう過ごしたいか語り合うきっかけにしてください。

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1件 のコメント

古い医療の経験者

kaz

>下手に意向を伝えることで、医療者の心象を害するとの思い込みはないでしょうか?  これは、思い込みというよりも経験でしょう。日本でインフォームド...

>下手に意向を伝えることで、医療者の心象を害するとの思い込みはないでしょうか?

 これは、思い込みというよりも経験でしょう。日本でインフォームドコンセントが巷で騒がれだしたのは、21世紀に入ってからです。それまでの医療では、患者に選択させることはまれでした。
 私の経験でも、医師は、患者に治療法を押し付け、質問には耳を貸さなかった、というものです。(忙しかったのでしょうけど)
 高齢の患者さんであれば、ご自身が、ご家族がそのような体験を重ねておられると思います。
 今更、選択してと言われても、怖くて出来ないのが現状でしょう。
 
 現場の医療者は、そういう現実を踏まえて患者の方々に対応して頂きたいと思います。

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