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外傷後成長(PTG)研究者の開浩一さん

編集長インタビュー

開浩一さん(4)研究から現場へ 暗闇に灯るかすかな光、伝えたい

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 しかし、開さんはこの論文の最後を、あえて、PTGを語った仲間の苦悩の言葉を紹介して締めくくった。

 

  最も多くのPTGを語った対象者の一人が、インタビューの最後に、受傷による変化は「マイナスが99よ」と念を押していたように、頸椎損傷者が受傷からどれほどポジティブな変化をしたとしても、受傷により障害を負う人生の大部分がマイナスの変化であることを留意すべきであろう。頸椎を損傷する損失はあまりに大きい。頸椎損傷者のなかにPTGを見いだすことは、真っ暗闇のなかに (とも) るかすかな光を探すに等しいのかもしれない。

  (開さんの論文「頸椎損傷者の受傷からの成長の可能性」2005年、より)  

 

 「比率は人によってまちまちなんですけれども、どれだけPTGが現れても、苦悩は存在し続けるのです。人によっては苦悩が99で、成長が1だけかもしれない。人によっては逆かもしれない。私もこうやって仕事をしてそれなりに生きているわけですけれど、体調を崩す時もあるし、トイレで失敗することもあるので、必ずしも成長やポジティブな時だけじゃない。例えば私は趣味で風景写真を撮るのですが、車いすで行けるところは限られているんです。段差があったり、山があったり、そういう時は悔しい思いをする。PTGが現れたからといって、その先がずっとハッピーだということはない。支援者はそれに気をつけなければなりません」

 

 どん底の暗闇の中で、自らを支える希望の光。人から与えられるものではない。苦しみ、もがきながらも、その灯火をともす人間の力は、どこからわき上がるのだろう。

 

 「自分なりに見つけていくものなんでしょうけれども、もがいている最中の『出会い』というのが結構大事な気がしているのです。私の場合だと、作業療法士の先生との『出会い』、車いすの仲間との『出会い』などがあった。人によっては、たまたまテレビやラジオで聞いた歌詞、映画やドラマの主人公のセリフ、本の中の言葉などとの『出会い』が、ぽっと火がつく瞬間なのかもしれません。PTGのメッセージは、社会の中にいっぱい流れていると思うのです。でも、暗闇の中にいる人でないと、それをキャッチできない。暗闇の中にいて、自分を勇気づけるもの、引き揚げてくれるものがないだろうかと探し求めている人が、たまたまPTGのメッセージと出会った時。その時が、火がつく瞬間なのではないかと思います」

 

 「明るい光の中に暮らしている人は、そういうメッセージをキャッチして、ああなるほどな、とは思う。だけれどもそれが心の中に落ちていかないのではないかと思うのです。すっと右から左に流れて、とどまらない。だけど、暗闇の中にいて、光はないかワラをもすがるような思いでいる人にとっては、PTGのメッセージが本当にすーっと心に () みていく。それが自分の心の中で種になって、根付いていくようなそういうものではないかと思うのです」

 

 開さんは、これまで、タイのHIV感染者、えひめ丸の事故、長崎の被爆者を対象にPTG研究を重ねてきた。研究を重ねるにつれ、「真っ暗闇に灯るかすかな光」に希望を見いだす人たちから、講演も頼まれるようになった。小児がんの支援団体では小児がんを病む子供たち向けの講演をし、2年前には、東日本大震災を経験した岩手県から、医療や介護職を対象としたワークショップを依頼されもした。13年前からは、知的障害者の支援施設で、相談員もしている。

 

 「まだ先のことですが、トラウマ経験者や支援者にPTGの研究を役立ててもらうことができないかと考えているのです。私は患者さんを直接支援する資格がないので、心理士の資格を取るところからスタートだと思うのですが、PTG研究で得たものを、患者さんや現場で働いている臨床家の方に返していきたいのです」

 

 今後、心理士の資格を取って、トラウマを抱えている人へPTGのメッセージを届ける方法について模索するつもりだ。

 

 「私は今、逆境の中にいるという感覚はありません。車いすとして生きる人生が当たり前のものとなって、日々を営んでいます。おかしなことに、聖書の言葉のように、何を食べるか、何を着るか、そんなことで思い悩むことがあります。しかし、この穏やかな日常が、実はとても尊いことをどこかでわかっています」

 

 「逆境が人を成長させると言います。PTGを端的に表現するとこうなるでしょう。それでも、自然災害、事故、虐待、病気、そして死など、自分から望まない逆境には遭わないに越したことはありません。再びそれに遭った時、またジタバタともがき苦しむことになるでしょう。でも、できるかどうか自信はないのですが、その苦しみから早く抜け出そうと焦らないでいたい。なぜなら、その苦しみこそ成長する可能性につながるからです。もっと言うならば、成長なんかしなくてもいい。そう思うと楽なのかもしれません。もちろん、成長できるとよいのでしょうが、はじめから、身に降りかかった逆境を糧にして、成長することを目標に頑張ろうとすると、かえって焦りを生じさせ、ただでさえ苦しいのに、みずからの手で、さらに自分を苦しめるような気がします。成長しなくてもいい。成長できたら (もう) けもん。もし、そういう境地に立てるなら、あまり気負うことなく逆境と向き合えるのかもしれません」

 (終わり)

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岩永直子(いわなが・なおこ)

1973年、山口県生まれ。1998年読売新聞入社。社会部、医療部を経て、2015年5月からヨミドクター担当(医療部兼務)。同年6月から2017年3月まで編集長。

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1件 のコメント

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 自分が当たり前と思っていることがある日、突然できなくなってしまう。そんな状況下で闇に沈んでしまう事は容易に想像できます。違う視点を持つ経験というのは回復が前提である事が多いです。運命という言葉は両刃の剣です。些末な事に大袈裟な悩みを抱えている人もいると思います。捉え方ですが、自分がどうしたいのか?それが生きる事なのだと思います。想像を絶する力強さです。残念ながら人は自分が経験した範囲内でしか世の中を理解できない。でも私は関さんの言葉に心が奮えた。

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