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外傷後成長(PTG)研究者の開浩一さん

編集長インタビュー

開浩一さん(4)研究から現場へ 暗闇に灯るかすかな光、伝えたい

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開浩一さん(4)研究から現場へ 暗闇に灯るかすかな光、伝えたい

「PTG研究で得たものを、患者さんや現場で働いている臨床家の方に返していきたいのです」と語る開さん

 PTG研究の予備調査で、トラウマ経験のある人へのインタビューは慎重に進めなければ相手を不快にさせ、傷つけることもあると思い知った開さん。その思いを胸に、最初の本格的な研究対象として選んだのは、地元の長崎県で1990~91年に起きた雲仙・普賢岳噴火の被災者だった。

 

 91年に発生した大規模火砕流では、死者・行方不明者合わせて43人に上る被害が出た。火砕流や土石流に家がのみ込まれ、避難勧告を受けた深江町の避難者数は最大3804人と、全町民の約半分が避難。噴火は長期間続いたため、被災者は、避難所や仮設住宅で長い間不便な生活を強いられた。そこから11年たった2002年春、開さんは16人の被災経験者にインタビュー調査をした。

 

 尋ねたのは「逆境の体験をしたからこそ、逆に何か得るものがあったと言う人もいますが、あなたが被災生活の体験から何か得たものがあるとするならば、教えて頂けませんか?」という質問だった。予備調査での苦い経験から、インタビューは慎重に進めた。PTGを尋ねる前に、今でも、抱えている苦しみにしっかり耳を傾けること。また、すべての人が恩恵を実感しているわけではないため、インタビューでもPTGの回答を期待しすぎないことを心掛けた。

 

 「噴火の後の95年に起きた阪神・淡路大震災の被災者への理解や支援の気持ち、被災者同士の絆の強まりや、家族愛、郷土愛の芽生えなど様々なPTGが見られました。その中でも印象に残っているのは、皆さんがおっしゃっていた『ありがとう』という気持ちです。雲仙・普賢岳では避難生活が非常に長かったのですが、その間にたくさんの人がボランティアに来て励ましてくださったり、義援金をいっぱいくださったりしたということに感謝の言葉を言う人がとても多かったんです。そして、『今度は自分が恩返ししたい』という気持ちで神戸の被災者に支援をしている人もいました。その『恩返し』というキーワードが自分の人生とかぶることに気付きました。交通事故による障害だけでなく、自然災害に遭われた方にも結構通じるものがあるのだと、雲仙の被災者にお会いして、感じることができました」

 

 そして、自然災害の被災者をPTGに導いたのは、住む場所や生活、雇用対策など、生活を安定させるための政治や、社会の後押しが重要であることも実感した。

 

 「食料や衣服や住居などの生活を再建し、安全を感じられるようにならないと、逆境から恩恵を受けたと感じられるようにはならなかったろうと思いました。トラウマ体験をした人には何よりもまず、安心や安全を感じられるような生活を立て直す支援が大事なのだと思います」

 

 そして、次に改めて取り組んだのが、自分と同じ 頸椎(けいつい) 損傷者のPTGだった。病院で知り合った車いす仲間ら7人にインタビューをした。自分自身の傷とも向き合うような研究。最初は迷うような思いもあった。

 

 「やはり抵抗はありました。本当に頸椎損傷のPTGをやりたいという気持ちは強いのですが、自分のことを振り返るのに抵抗めいた気持ちもありました。その一方で、私しか、頸椎損傷のPTG研究はできないだろうという自負のようなもの、気負いのようなものもありました」

 

 1年間の入院生活で、仲間がたどってきた歴史は断片的に聞いていたが、真正面から個人史を尋ねるのは初めてだった。5人は交通事故、1人はプールでの飛び込み、1人が出漁中の事故。それぞれ「性格が丸くなる」「積極的な行動を取るようになる」「日々の生活を大切に生きる」などのPTGが見られたが、その出方や時期は様々だった。

 

 「同じ障害を負っているのですけれども、その時の周りの対応や状況によって、その後の経過というのは変わってくるんだということを学ばされましたね。まずは、告知の仕方から、様々でしたね」

 

 ある人は、主治医から「君はもう歩けないから、一生寝たきりで、一生垂れ流しだよ」と乱暴に告知された。その時のことを彼は、「一晩中起きとって泣いたね。涙の止まらんやったね」と振り返った。ある人は、理学療法士に「もう一生車いすやけんな、動くような、大それた希望を持つなよ」と厳しく言われ、数週間荒れた。何も告知されなかった人は、強い不安に襲われていたと語った。

 

「『一生垂れ流しだよ』と言われた人は、直後は動揺して泣いたりもしたのですが、負けん気が強くて、『見返してやる』と考え、立ち直りは比較的早かったんです。むしろ、その後の家族や周囲のサポートが得られなかった人が立ち直りが遅くなっていました。家族の助けがなくて、施設を転々としたりだとか、障害を負ったゆえに離婚したりだとか。やはり、周囲のサポートというのは大事なのだと気付かされました」

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岩永直子(いわなが・なおこ)

1973年、山口県生まれ。1998年読売新聞入社。社会部、医療部を経て、2015年5月からヨミドクター担当(医療部兼務)。同年6月から2017年3月まで編集長。

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1件 のコメント

闇の中を彷徨う事

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 自分が当たり前と思っていることがある日、突然できなくなってしまう。そんな状況下で闇に沈んでしまう事は容易に想像できます。違う視点を持つ経験というのは回復が前提である事が多いです。運命という言葉は両刃の剣です。些末な事に大袈裟な悩みを抱えている人もいると思います。捉え方ですが、自分がどうしたいのか?それが生きる事なのだと思います。想像を絶する力強さです。残念ながら人は自分が経験した範囲内でしか世の中を理解できない。でも私は関さんの言葉に心が奮えた。

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