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老年医学を学んだ救命救急医の立場から 岩田充永

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

【現状と課題】救命医療を回避する~「これでよかったのだろうか」~

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 一方、救急医は、「遺書を書いて自殺を図った人でも、救命救急センターに搬送されたのであれば、絶対に救命するのだ。救わなくてよい命なんてないのだ!!」と、最初に教わります。救命のためにすべき治療をしないことには抵抗を感じます。救命のための技術と知識を日々磨いているのに、その刀を抜かないという選択肢には葛藤を伴うのです。

 そもそも、初めて出会う、どのような経緯があるにせよ、救命救急センターに搬送されてきた患者さんのご家族に救急医が「刀を抜かない選択肢」の説明をしてよいものだろうか、「この医者は年寄りだからって、手抜きをしようとしているのか?」と後日登場するかもしれない別の家族に思われたりしないか、後輩救急医やスタッフに「治療をしないのは楽をしたいだけなのではないか?」と思われないか、そもそも「たばこをやめるくらいならば死んだ方がまし」というのは本人の意思と考えてよいのだろうか――。いろいろな思いが頭をよぎります。

救命するか、否か 判断に迷う事例が増加

 救命救急というのは、ある意味すっきりした医療で、「救命に向かう」という目標が定まっていれば、我々の取るべき選択肢はかなり限られてきます。その限られた選択肢を瞬時に的確に行う、つまり「刀を抜く」研さんを積むのが救急医なのです。

 しかし、最近は、「刀を抜かない方が患者さんやご家族のためには適切なのかもしれない」という事例に遭遇することが多くなってきたと感じます。「刀の抜き方」を研さんしているときに「刀を抜くべきではない」場合を考える、これは難しいことです。「自分はこんなことをするために救急の道を選んだのではない」と心が壊れそうになる若手を見ると心が痛むこともあります。このようなことを避けるためには救急のスタッフも「刀を抜くべきか否かを限られた時間で深く考え、結論に至る工程をスタッフ皆で共有する」という地味な作業を行っていくことが重要だと感じています。

 この症例で結局私は、「どうすることが患者さんの最善になるのだろうか?」とスタッフの前でつぶやき、「たばこをやめるなら死にたいと言っていた言葉を、今もご主人は言うと思われますか? 大切なほかのご家族のお考えも電話で聞いてみましょうか?」と奥様に問いかけました。時間にすれば10分にも満たないと思いますが、スタッフやご家族と議論し、「刀を抜かない」決断をしました。

 患者さんは最期を迎えられました。苦しむことはなかったと感じます。ただ、この決断が本当に正しかったのか、今後同様の症例に遭遇したら同じ決断をすべきなのかは今でもわかりません。この症例でも、後日別のご家族が来られて「救命救急センターに搬送されたのに、何も救命治療をしてもらえなかったのですね」と問われたら、謝罪するしかないと思います。

 自分自身の人生の幕引きをどのように迎えたいのかを考えるのは、大切な権利と考えます。しかし、それは自分が想像しない時期に訪れることもありますし、その瞬間に意思表示できないこともあります。意思表示ができない自分を家族が発見し、それが予想していない時であったら、家族は救急車を呼ぶでしょう。呼ばれた救急救命士やその後の治療にあたる救急医は救命のために最善を尽くすのが使命です。たとえそれが、本人が望んでいない延命治療であったとしても。

 皆さんはご家族やかかりつけ医とそのような話をすることがありますか? 自分の望む人生の幕引きのためにどのような準備をされていますか?

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【略歴】

岩田 充永(いわた・みつなが) 藤田保健衛生大学救急総合内科学教授

 1998年、名古屋市立大医学部卒業。同大学病院、名古屋大学病院、協立総合病院で内科・老年科・麻酔科を研修後に名古屋掖済会病院救命救急センターで勤務、名古屋大学大学院老年科学にて博士号取得。2008 年より名古屋掖済会病院救命救急センター副救命救急センター長、12 年10 月藤田保健衛生大学救急総合内科准教授、14 年4月同教授。日本救急医学会救急科専門医、指導医、日本内科学会総合内科専門医、日本老年医学会老年病専門医

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さよなら・その2-2-300-300シャドー

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

 終末期医療やケアに日々、関わっている当事者や専門家の方々に、現場から見える課題を問いかけて頂き、読者が自由に意見を投稿できるコーナーです。10人近い執筆者は、患者、家族、医師、看護師、ケアの担い手ら立場も様々。その対象も、高齢者、がん患者、難病患者、小児がん患者、救急搬送された患者と様々です。コーディネーターを務めるヨミドクター編集長の岩永直子が、毎回、執筆者に共通の執筆テーマを提示します。ぜひ、周囲の大事な人たちと、終末期をどう過ごしたいか語り合うきっかけにしてください。

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5件 のコメント

抜く刀を医者は持っているのか。

新城拓也

「刀を抜く」つまりきちんと医者として患者を救う技術を持っているのか、最近は終末期医療の分野に身を委ねて疑問に感じることもあります。 僕も脳外科医...

「刀を抜く」つまりきちんと医者として患者を救う技術を持っているのか、最近は終末期医療の分野に身を委ねて疑問に感じることもあります。
僕も脳外科医として医者として最初の第一歩を始めたこと、今から思うととても大切なことでした。来る患者来る患者、頭を使う前に、患者を救うために身体が先に動くようになるまで、毎日トレーニングを受けていました。そして、救い続けても救えない命、救うことで新たな矛盾に直面する命を経験し続けてきました。
今僕は、緩和医療、終末期医療の分野でまた在宅医療の分野で心から心配していることがあります。本当にそのような分野の医者は患者を救うための技能を身につけているのでしょうか。
「刀を抜く」ことができる医者だけが、「刀を抜かない」選択をして良いのだと僕は考えています。抜く刀のない医者が増えてはいないか、そういう医者が緩和ケアや在宅医療の現場に増えているのではないかそんな心配をしています。
医者になって最初の5年は、自分の刀をきちんと作って欲しい僕はそう思っています。

私信ですが、岩田充永先生本当にお久しぶりです。大学のオーケストラで一緒に練習していたときのこと、僕は今でも覚えています。またお目にかかれる日を、心から楽しみにしています。

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急性期医療ができれば患者に寄り添える??

岩田充永

偉大な先輩に、コメントを頂きまして恐縮しております このような機会を創って頂いたヨミドクター編集長には感謝いたします 私は、救急医や急性期内科医...

偉大な先輩に、コメントを頂きまして恐縮しております
このような機会を創って頂いたヨミドクター編集長には感謝いたします

私は、救急医や急性期内科医を育成する立場で、「急性期医療や救急医療ができれば地域医療はいつでもできる」という幻想というか大いなる誤解が未だ、医学部や急性期大病院と称される研修医が集まる医療機関に根強く残っているのではないかと危惧しています
立場は反対になるかもしれませんが。新城先生が憂慮なさっておられることに似ていると感じました

急性期治療のための知識技術の習得には熱心でも、急性期を脱すると「自分の興味の対象外」という態度に豹変してしまう「興味があることだけには優秀な医師」に時々出会います。患者さんにとっては、病気やけがの急性期というのは人生の一時期に過ぎず、それを乗り越えても人生は続くのであり、そこにぴったりと伴走する医療者というのはとても大切な存在で、急性期治療の短期間だけを経験した医師が思いつきで出来ることではない、そのようなことを専門にしている医師の活躍を自称急性期大病院の医師は知るべきと感じています。

私の医局で救急医を目指す人間には、在宅医療と継続性のある外来診療を経験してもらっています。少なくとも救急医となった時に、継続的な医療を担っている方々に対する敬意だけは身に着けて欲しいと願っています。

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回復時のQOL

小吉

命に関わる大事でなくとも老人が救急病院に搬送されて心配なことがあります。それは退院後の生活復帰です。 80歳を越えた私の母はある日、自宅の中で倒...

命に関わる大事でなくとも老人が救急病院に搬送されて心配なことがあります。それは退院後の生活復帰です。
80歳を越えた私の母はある日、自宅の中で倒れ病院に運ばれました。幸いにも骨折や脳の異常はなくホッとしましたが、2週間の入院生活で足腰が弱って歩けなくなり、自宅には戻れず老人ホームに生涯暮らすこととなってしいました。
また、同じく老齢の親戚は骨折して2ヶ月入院している間に認知症になり家族も分からない状況に。これも老人ホームに直行となりました。
医療側も目先の治療で大変だとは思いますが、入院が新たな障害をつくり出している現実に目を向けて欲しいと思います。

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そうなる前に

AJI

岩田先生の日頃のご活躍が目に浮かびます。本当に尊いお仕事をなさってます。 救命救急の前に在宅で長く療養されていたのでしたら、いざという時どうする...

岩田先生の日頃のご活躍が目に浮かびます。本当に尊いお仕事をなさってます。
救命救急の前に在宅で長く療養されていたのでしたら、いざという時どうするか、日頃からかかりつけ医や家族と相談しておかなければ。救命救急の現場で医師が判断しなければならない事例が増えている→だからリビングウィルや事前指示書を書いておけ、ということになりがちですが、患者家族とかかりつけ医、専門医とかかりつけ医との間に良いコミュニケーションが取れていれば救急車を呼ぶような事態はかなり少なくできるはずではないかと。老年医療のネットワーク推進策が必要です。救命救急医が安心して救命できるように。

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