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ボンジュール!パリからの健康便り

yomiDr.記事アーカイブ

病気や危険と隣り合わせ…それでも気高く、したたかに生きる娼婦たち

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 最上階のアパートの窓を開けると、それは、私がずっと心に描いていたパリの光景だった。暖炉の小さな煙突がいくつも突き出た屋根が、まるで山々の峰が連なるように幾重にも重なって、どこまでも続いていた。気持ちの良い風が頬をなぜた。

 アパートの入り口には 娼婦(しょうふ) が立っていた。サン・ドニ門近くのサン・ドニ通りから1本入ったところ。車1台がようやく通れるほどの細い通りは、そのあたりでは最高級の娼婦たちが立つ道として知られていたが、それ以上に街の雰囲気が気に入ってしまった。周囲の反対を押し切り、そのアパートに住むことにした。私がパリに来て間もない1995年ごろのことだ。

 驚いたことに、娼婦たちはとても美しいフランス語を話す。まるで19世紀の小説に出てくるような古典的な話し方をする。毎日顔を合わせ、あいさつを交わすうちに、何人かの娼婦と顔見知りになった。大学の帰り道、彼女らのたまり場となっているカフェで手招きされてご 馳走(ちそう) になったことや、通りの中間あたりにある真っ暗闇のバーでパスティスをごちそうになったこともある。

 私のアパートのキッチンの窓からは、ちょうどヒッチコックの映画「裏窓」のように、小さな中庭をはさんで向かい側の建物がよく見えた。真向かいの窓はいつも黒いカーテンが閉められていて、開いたことがなかった。

 ある日、キッチンで夕飯の支度をしているとき、窓がパーッと開いて顔見知りの若い娼婦が顔を出した。屈託もなく「ボンジュール!」と手を振る。私も「ボンジュール」と答える。「今夜のお夕飯は何になさいますの?」「ラタトウイユです」「あら、私の得意料理ですわ」。こんな会話ができるほど、その距離は近い。

 その窓の右手のエレベーターのガラス張りの廊下からは、娼婦たちが客を連れて上がってくるのがみえる。木曜日のこの時間はいつも、ゴージャスで 素敵(すてき) なシルクのキャミソールを着た、女優のように美しい金髪のカトリーヌが常連客を連れてくる。下の道では、黒塗りの高級車に乗った運転手が主人の帰りを待っている。

 私の友人たちは当初、怖がってなかなか遊びに来てくれなかった。でも私の誕生日会をしてくれることになり、いよいよこのサン・ドニの娼婦通りへ友人たちがやってくることになった。娼婦たちには「今日は私の誕生日で、友人たちがパーティーに来るので通してあげてください」と話しておいた。私の住むアパートにはオフィスなどはないので、アパートのドアの前に立つ娼婦たちは、住人以外は中に入れようとしないからだ。

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ボンジュール!パリからの健康便り_古田深雪_顔120px

古田深雪(ふるた みゆき)

1992年渡仏。
1997年より医療通訳として病院勤務。

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1件 のコメント

古くからある危険な仕事

八重波

場所がパリなだけに、映画を観ているような気持ちで読ませてもらいました。 以前、トルコを旅した折に、エフェソスという大きな古代遺跡に行きましたが、...

場所がパリなだけに、映画を観ているような気持ちで読ませてもらいました。
以前、トルコを旅した折に、エフェソスという大きな古代遺跡に行きましたが、娼館への道しるべがあり、また、それがしっかり残っていることに、驚いたことを思い出しました。

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