在宅訪問管理栄養士しおじゅんのゆるっと楽しむ健康食生活
健康・ダイエット・エクササイズ
食器のご提案だけで、患者さんのご家族が笑顔になりました
私が所属するクリニックは仙台市内にありますが、活動場所は「院内」ではなく「地域」です。毎日、車で仙台市内を走っていますと、タクシーの運転手さん並みに道路に詳しくなります。
在宅医療に関わっている管理栄養士は、全国的に多くありません。一般社団法人日本在宅栄養管理学会の認定を受けた「在宅訪問管理栄養士」は、全国で約450名です。そのうち、実際に患者さんの自宅などを訪問している管理栄養士は約3割(平成26年度老人保健事業推進等補助金老人保健増進等事業『管理栄養士による在宅高齢者の栄養管理のあり方に関する調査』より)ですので、まだまだ数が少ないのが現状です。
訪問診療、訪問看護、訪問薬剤指導、訪問リハビリテーション、訪問歯科など、ほとんどの専門職が在宅医療に関わっていますが、「訪問できる管理栄養士が地域のどこにいるのかわからない」と、地元のケアマネジャーによく言われます。
かつては、病院の管理栄養士として働いていた私が、なぜ在宅医療に関わることになったのか、今から10年前にさかのぼってみたいと思います。
私は、2006年の春に仙台にやってきて、その年の夏には市内の「精神科長期療養型病院」に採用されました。重度の精神疾患のために自宅や施設では生活が難しい方や、医療的なケアが常に必要な方、認知症の進行で家族や施設での介護が難しい方などが入院されていました。
ある日、退院して自宅に戻られることになった患者さんのご家族が、食事のことで相談したいと、「退院時栄養食事指導」を希望されました。ご家族が待つ部屋へ行くと、50代くらいの女性が、とても不安そうな顔をされています。
「なにか食事のことで心配なことがありますか?」と聞くと、「何をどれだけ食べさせたらいいのか、わからなくて」とおっしゃるので、病院で提供していた食事について説明しました。
「糖尿病や腎臓病などはありませんので、ご家族と同じ食事で大丈夫です。少し量を控えめにして、硬い食材は避けて、野菜類はやわらかく 茹 でれば大丈夫ですよ」とお話ししました。
しかし、不安そうな表情は変わりません。
「他にも何か心配なことがありますか? なんでも聞いてくださいね」と促すと、少しためらいながら、
「あの…うちのおばあちゃん、手の震えがあってお 味噌 汁のお 椀 が持てないのですが、どうしたらいいのでしょう?」
と深刻な面持ちで尋ねたのです。
「それなら汁椀を使わずに、軽いプラスチックのマグカップに、浅くお味噌汁を入れたらどうでしょう。患者さんも持ちやすいですよ」とアドバイスしました。
ご家族は、「ああ…そうか! そうよね。別に食器にこだわらなくてもいいんだものね。本人が使いやすい方法にすればいいのよね!」
と、急に表情が明るくなり、「なんだか、自宅での介護ができそうな気がしてきました。栄養士さん、ほんとに相談に乗っていただいてありがとうございました」と言われたのです。
「プラスチック食器の使用」という小さな提案をしただけで、不安げだったご家族が笑顔になったことに、逆に私が驚いてしまいました。「味噌汁は汁椀に盛り付けないとならない」という固定観念を壊して、「やりやすいように変えればよいのだ」ということに気づかれたことが、様々な面でその後の療養生活のヒントになったのかもしれません。
この出来事があってから、退院後の患者さんとご家族が、その後どんな食生活を送っているのかが、気になるようになりました。
その頃、ちょうど介護支援専門員(ケアマネジャー)の受験のために必要な「実務経験5年」に達していたため、試験を受け、合格しました。
介護支援専門員の資格を取った後、長女を出産するために病院の仕事を辞めて主婦をしていましたが、長女が1歳になるのを機に、ケアマネジャーのパートを始めることにしました。
管理栄養士時代の経験から、医療的ケアが必要な方のケアプラン(介護保険サービスの利用計画)が、どのように作成されているのかに興味があり、仙台市内の訪問看護ステーションに併設された、居宅介護支援事業所に勤務することになりました。
ある日、私の上司である主任ケアマネジャーから、40代の男性利用者Aさんの食事について、相談がありました。Aさんは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という次第に運動神経が障害されていく難病の患者さんでした。この病気は、進行すると徐々に食べ物を飲みこむ機能が低下していきます。
最近、普通の食べ物だとうまく飲み込めず、むせて苦しいから、何か食べやすいメニューを教えてほしい」との要望でしたので、何品かの「飲み込みやすい料理」を考え、レシピを印刷してお渡ししました。
その料理を食べたAさんから、「久しぶりにむせずに 美味 しく食べることができました、ありがとう」との伝言がありました。
しばらくして、上司が訪問する際に同行し、実際にその方にお会いしました。難病と向き合いながら、奥様や訪問看護師、介護員などのサポートを受けて、ご自宅で自分らしく暮らしている様子を拝見して、私は感動しました。
私が自分の進みたい道がはっきりと見えたのはこのときでした。
ご自宅で様々な病気の療養をされている患者さんの元に、ケアマネジャーとしてではなく、管理栄養士として出向いて、少しでも豊かな食生活のお手伝いをしたい――。
今は訪問管理栄養士として活動していますが、ケアマネジャーの仕事をしたことは、とても貴重な経験でした。ケアプランの仕組みや、介護保険における支援とはどうあるべきか、他職種との連携の重要性など、仕事を通して学ぶことができました。その経験があるからこそ、ケアマネジャーとの連携の重要性を常に感じています。「食を通じて、医療と介護の橋渡し役になる」ということも、私の大切な任務であると思っています。
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