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10件 のコメント

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終末医療

アーサー

科学者はいつも欧米を手本にします。
宗教思想は海外とは違います。参考になるからと言って「安らかに眠らせてあげる」などという本人の意思とは異なる医療を積極的に行うのは間違っていると思います。

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尊厳とは?

ダイサク

人の尊厳とは一体どういうものなのだろうか?それは年齢によって変わるものなのだろうか?と感じました。
尊厳というものが尊重すべき価値あるものとしても、それはその本人のうちにあるものなのか?私は違うのではないか?と感じるようになっています。
それは関係の中にこそあるもので、近しいもの同士の中にある尊厳と、そこで(例えば病院で)出会ったばかりの間にあるものでは、自然に違いが生じているのではないのだろうか?と考えているのです。

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経管栄養、呼吸器を使う者として思うこと

岩崎航

(承前)
 例の写真を見て、その説明だけを読むと、高齢者の終末期という文脈でのものではありつつも、経管栄養、人工呼吸器の利用そのものが、人を苦しめるだけの残酷で無理な延命手段として一面的に受け取られて、怖がられる人もいるのではないだろうかと、経管栄養・人工呼吸器を使う者の一人としては危惧を感じました。
 すべての治療などの医療行為、介助などの支援行為は、何のために行うのかといえば、病気や障害、衰えによって損なわれた本人の生活をよりよくしていくためです。生活を脅かす痛苦があれば取り除いたり、やわらげたり、生活を妨げる体の障害があればその替わりの介助でサポートしたりがもっとあたりまえのこととして考えられるようになったらと思います。どんなときでも、本人を置いてきぼりにしない医療や介護であってほしいと思います。

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経管栄養、呼吸器を使う者として思うこと

岩崎航

 私は筋ジストロフィーという難病のため24時間人工呼吸器を使い、胃ろうからの経管栄養を行い、すべての生活動作に介助が必要な者です。ヨミドクターで始まったこの終末期の医療とケアを語りあうという連載、とても注目しております。
 この稿で事例として挙げられている、100歳前後の高齢でもう栄養を吸収できる力がない状況なのが分かっていても、やみくもに経管栄養を行うのは本人が苦しむだけであり、医療として本末転倒だということは、その通りだと思いました。適切なタイミングでの適切なケアがなされないと病苦を増大させてしまうことになる悲しい事例だと感じました。年齢や病気の別を問わず、本人の穏やかな人生の最期の時間がこうした苦しみに奪われないようにと願わずにはいられません。
 ただ気をつけないといけないのは、経管栄養、人工呼吸器という手段を「延命」というネガティブな眼差しでのみとらえようとすると、そのほんらいもっている人の生活力を回復させたり高める力があることに目が向きにくくなるように思います。食べられなくなり、ほとんどをベッドの上で過ごし、呼吸も器械の力をかりて生きている、という状態を想像すると、ただただ生かされている不幸な事態のように思われる人も多いと思いますが、必要な介助の手や医療者のケアがありさえすれば、生活の質を上げていくことが可能な場合もあり、実際にそのようにして生きている人も多くいるということは、忘れてはならないと思います。(つぎに続く)

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倫理と医療

現在介護中

欧米における対応は多分にキリスト教の影響ではないでしょうか。キリスト教では人間の生死は神の手中にある、だから自殺を禁じる一方でいたずらに延命措置を講じることも教義に反するものとして理解しやすいのでしょう。
反面で日本にはこのような倫理観はない。古よりハラキリ文化があり生死の決定は人間の手のみに委ねられています。ただし、自殺という本人に認められた究極の決定権も、日本の刑法では他人の自殺の教唆、幇助そして同意のもとに手を下すことは処罰の対象となる、すなわちいくら本人が望んでも他人の死を早めてはいけないということに留意が必要です。
とすれば、延命治療の決定権は本来、本人のみに帰属する。しかし、終末期のように本人が確たる意思表示ができなくなった場合にはブレーキの効かないクルマとなり医師は法を恐れ職業理念で延命にひた走る、家族も死期を早める後ろめたさから逃れようと医師に判断を丸投げする、このような構図が現在の問題を生んでいるものだと思います。
倫理規範のない日本では、ドナーカードのようにあらかじめ本人がキチンと意思表示をするか、せめて欧米の制度を倫理観とともに模倣的に輸入するしかないのでしょう。

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胃瘻と日本の医療文化

新城拓也

胃瘻までどんどん進んでしまうという現象は、やはり為すべきことは全て為すという、医療の文化の行き着く先と思ってます。全てやるか、全くしないか、Do everything OR nothing. 個別性とは言ってもなかなか未来は読みにくいため、全てのことを為してしまう。
全てを為すことが最善と考えてるからこそ、食べられなくなったら胃瘻まで真っ直ぐに進んでいくのだと自分の経験から感じています。
日本の医療の文化が抱える問題なのです。

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医師だけでも解決できない

イワトビ

医師だけでも解決できないけでも解決できない、司法の問題が絡んでいます。
かつて、エホバの証人輸血拒否事件が社会の話題になりました。この事件は二つあり、一つは子供が交通事故で輸血が必要な重体に陥ったときに宗教(エホバの証人)上の信念として父親が輸血を拒否、死に至ったもので父親の刑事責任が問われたもの(結局不起訴に)。もう一つは本人がエホバの証人で肝臓手術を受ける際に輸血を拒んだにもかかわらず東大病院がこれを行い損害賠償を請求された民事事件。これで最高裁は本人の自己決定権を侵害したと賠償を命じました。
これは人命の存続を最優先する医療行為に対し、法が本人の自己決定権を優先させるという医と法のせめぎ合いとも受け取れます。ならばどこまで医療側は自己決定権を尊重すべきか。数年前の筋弛緩剤を投与して安楽死させた事件ではさすがに医師の刑事責任が認められましたが、延命処置を単に止める場合はどうか、本人に判断能力がない場合は誰の承諾でよしとするかなど、法的に未整理な状況では医師側も責任追及を恐れて延命行為に走ることでしょう。
この点の法整備は外国が先んじていると聞きます。脳死を前提とした移植医療も司法と医療が協力して道を開きました。終末期医療についても両者によるルール作りを望むところです。

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追記です

イワトビ

結局、医療側と家族側に大きな溝がある。家族は入院するまでの当人の生活の変化を目の当たりにして枯れるに至るプロセスの一部始終を把握していますが、医師は運ばれた時点の状況しか見ていないのです。だから医師は検査データを見て不足する栄養さえ補えれば意識が戻ると言う。しかし、検査データは結果であって不可逆な老衰が原因であればいくら栄養を注入しても戻らないことを家族は知っている。その認識の差はどこかで埋めなければなりません。
それともう一つの弊害は医療側の商業主義です。家族はいつも一緒にいるわけではない。病院側が勝手放題に医療行為をできる状況にあります。ですから、気づけば毎日検査ばかり。さすがに内視鏡検査は家族の同意を求められた際に拒否しましたが、臨終直前にも病室でX線検査をしようとするなど理解に苦しむことばかりでした。
老人医療費の増大に悩む財政当局は、どうか無駄な終末期医療をやめさせてください。それが安らかな死を望む本人家族の願いと一致しているのです。

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全ての日本人が考える時

名無し

私たち日本人が老いや終末とどう向き合うか、
全ての日本人が考える時に来ていると思う。
元気で健康でいられるうちは100歳まででも
長生きしたい、でも高度な医療の世話になるなら
静かに次の世代に譲って去りたいです。
老人の医療費で国の財政圧迫し、税金があがる、
若者が結婚できない、この国の仕組みは正されるべきです。

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医療側の意識改革を

イワトビ

1年前に85歳の母を看取りました。その半年前から老人ホームでの食が明らかに細くなり、ある日、朝食に起きれず傾眠状態に陥り入院しました。声をかけて暫くは反応してもまた寝入るといった状態です。
これは老衰による死の前段症状と判断し、担当医に対しては「かねがね本人の意思を確認しており延命治療をせずに自然に看送りたい、身内に医師と裁判官がおり熟慮の結果であって病院に迷惑はかけない」と意思を伝えましたが、ここから苦悩が始まります。
さすがに胃ろうは施さなかったものの、気づけば鼻からの経管栄養チューブ、点滴を実施。一向に回復しないと見るや、何と胃ガンかもしれないので内視鏡検査をしたいとまで。さらに血中酸素濃度が低下すると強制的な呼吸器を装着。眠りながらも母の目から苦しそうな涙が溢れるのを見て医師に強硬に装置の撤去を申し出た次第です。
親族の医師曰わく、医師が眼前の老衰患者に栄養チューブや呼吸器を装着するのは習慣化しており、一旦装着すると死を早める撤去はできない、余程入院時から家族が確固たる見守り方針を伝えないとまさにチューブまみれの死を迎えることになる、と。
結局、母は入院2ヶ月で私の目の前で静かに息を引き取りましたが、それでも死に際まで鼻のチューブを撤去できなかったことが残念でなりません。
85歳で食べることなく眠るような死を迎える、何と幸せなことでしょう。それを妨げる医療体制の改革を望んで止みません。

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