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がんサバイバーの立場から 桜井なおみ

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

【現状と課題】「あなたは社会へ帰りなさい」

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テーマ:現状と課題

テーマ「現状と課題」 「あなたは社会へ帰りなさい」

がんサバイバーの立場から 桜井なおみ

 乳がんの診断を受けたのは2004年の夏のこと、当時37歳でした。仕事もプライベートも順風満帆な中での思いもよらぬ知らせに、頭の中が真っ白になりました。インフルエンザにも (かか) ったことがない健康優良児でしたから、入院も手術も、人生初めての体験でした。病院では、どこへ行っても最年少。言われる言葉は「お若いのにおかわいそう」とか「あらまー!」という言葉。「そうか、世の中からみると、私はかわいそうなんだー」と、 悶々(もんもん) とした気持ちになりました。そんな私に声をかけ、寄り添ってくれた50代後半の大腸がんの患者さんがいました。

 抗がん剤の周期が重なることもあり、何人かの「がん友(がん患者仲間)」と申し合わせをして、なるべく同じ日に点滴を受けていました。半年ほど () って、私は治療を終えましたが、ステージⅣだった彼女はずっと治療が続きました。「みんな卒業かぁ、寂しくなるわぁ」。そこで自分の外来時には、必ず入院棟へ向かい、おしゃべりをしていました。歩くことが難しくなり、車いす生活になっても、「私、車庫入れがうまいのよ」と言って、狭いベッドとベッドの間に、後ろ向きで自分の車いすをすべりこませ、ピースサイン。そんな笑ってばかりのがん友同士の交流は半年ほど続きました。

 車いすになってからの体力の落ち方はとても早く、だんだん動ける範囲が狭くなってきました。「少ししんどそうだな」と思い始めてからも、私は「なんとなく」顔を見に行っていました。彼女の体調が心配だったのはもちろんですが、私自身も、彼女の寄り添いが心地よかったのだと思います。

 ある日のこと、いつもと同じように、別れ際に「また来るね」と私は言いました。でも、彼女の口から返ってきたのは「あなたは社会の中へ戻りなさい」という言葉でした。思いもよらない言葉にびっくりして顔を見ると、彼女は重ねて私に言いました。

 「あなたはここにいてはダメなの。また来るねじゃないの。あなたは社会へ戻りなさい」

 思うように動かない自分の身体。将来や仕事のこと、彼女にはいろいろな悩みや不安を打ち明けていました。「社会の中での役割」を見失いかけ、その課題から目を背けようとしていた自分を、彼女にはしっかり見抜かれていました。

 急激に体力が落ちていく彼女の姿を見て、私自身も「もう次は本当にないのかもしれない、“また”はないんだ」と思いました。同時に、彼女自身もその時が近いことを分かっていて、分かっているからこそ、今、私に「社会へ帰れ」と言っているのだと思いました。

 「うん、でもまた来るかもしれない」と言って別れましたが、5日後に彼女は亡くなり、これが彼女と最後に交わした言葉。初めての仲間の 看取(みと) りでした。

 「社会に戻る」とはどういうことなのでしょうか?

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さよなら・その2-2-300-300シャドー

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

 終末期医療やケアに日々、関わっている当事者や専門家の方々に、現場から見える課題を問いかけて頂き、読者が自由に意見を投稿できるコーナーです。10人近い執筆者は、患者、家族、医師、看護師、ケアの担い手ら立場も様々。その対象も、高齢者、がん患者、難病患者、小児がん患者、救急搬送された患者と様々です。コーディネーターを務めるヨミドクター編集長の岩永直子が、毎回、執筆者に共通の執筆テーマを提示します。ぜひ、周囲の大事な人たちと、終末期をどう過ごしたいか語り合うきっかけにしてください。

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3件 のコメント

社会を新たに創造すること

新城拓也

医者も人間、等しく病を引き受ける日が来ます。僕自身もその実感はあり、現在はまだ健康に仕事をしていますが、いつの日にか生き方を変えなくてはならない...

医者も人間、等しく病を引き受ける日が来ます。僕自身もその実感はあり、現在はまだ健康に仕事をしていますが、いつの日にか生き方を変えなくてはならないほどの困難に直面するだろうと予感しています。
日常的に多くの病者に出会い、語り合っています。自分が健康なことが奇跡と思えるほどです。そして、先輩や周囲の医者も病を引き受けてなお、仕事を続けています。しかし、それまでの仕事の仕方とは全く変わるのです。
当然長い時間は働けず、身体の自由も利かないときも度々です。また集中力が欠けてしまうため、手術や内視鏡検査といった仕事はできなくなります。
それでも、何か新しい仕事の取り組みを見事に探し当て、発病前と同じ情熱を注ぐ医者にも出会ってきました。心から尊敬しています。僕もあんな風に新しい取り組みを見付けられるのかと、病を引き受ける予感から来る不安以上に将来に不安を感じます。

「あなたは社会へ帰りなさい」の啓示は人の生き方を変えます。しかし帰る場所はどうやら前と同じ社会ではないことを多くの病者から私は学びました。

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人間の役割は様々

toho

私は命を奪われる事のない指定外の難病を患っております。桜井さんのおっしゃる通り、ある日突然、社会から切り離されて絶望する事は誰もが体験する事であ...

私は命を奪われる事のない指定外の難病を患っております。桜井さんのおっしゃる通り、ある日突然、社会から切り離されて絶望する事は誰もが体験する事であると思います。
健康である事がどれだけありがたいか身に染みております。
私も社会復帰とは外へ出る事であると思っておりましたので、残念ながら一生それが出来ない人生となり模索しておりました。
福祉や医療サービス。治療以外の社会復帰に必要な支援を様々な専門家の方達から情報収集もしておりました。残念ながら本当に何もない。
しかし、私が相談する事により相手方も特殊な事例の私から何の支援もない事を痛感して下さり「勉強になる」と言われる事が多いです。
私が生まれた使命は私が模索している姿から次の将来への様々な問題提起の発信なのではないか?それが自分の役割なのではないか?と考えるようになりました。
桜井さんのご活動は桜井さんご自身の素晴らしい役割。1人1人が自分の役割を見い出す事が出来、全う出来るような人生となる事を祈念しております。

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どこにいてもそこが社会

andies

私はむかしから「社会復帰」という言葉に大きな疑問を感じてきました。「職場復帰」とか「仕事再開」ならわかりますが、本来は、それぞれの人が生きている...

私はむかしから「社会復帰」という言葉に大きな疑問を感じてきました。「職場復帰」とか「仕事再開」ならわかりますが、本来は、それぞれの人が生きている現場がすべて社会なのであって、「戻るべき」社会が外にあるわけではありません。「社会に戻る」は、「社会の中で役割を担う」ということではないか、という桜井さんのお考えに同意しますが、もう一歩踏み込んで言うなら、「社会」というものがまずあってその中で「役割を担う」のではなく、どういう人であっても「役割を担う」ことができ、自分が「役割を担っている」ことを実感しながら生きていけるような社会をみんなで築いていかなければならないのだと思います。

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