文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

がん患者や高齢者を在宅で診る立場から 新城拓也

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

【現状と課題】人は自分の死をコントロールできるのか

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

テーマ:現状と課題

がん患者や高齢者を在宅で診る立場から 新城拓也

人は自分の死をコントロールできるのか

患者さんの自宅で診療をする私

 私は医師になり、20年になります。医師の修業に無我夢中で、ただひたすら一人前になろうと努力した20代。自分の専門を緩和ケアと終末期医療に定め、がんの方々とホスピスで向き合った30代。そして今、自分の診療所を作り、在宅医療の新しい形を模索する40代を過ごしています。医師になってから1か月目から今までに、2500人以上の方々の 取りに関わってきました。

 医師になってある程度のことができるようになってからは、新しい治療や目覚ましい技術の進歩よりも、亡くなりゆく人やそのご家族と深く関わることに、自分の心が強く かれるようになりました。自分の力は、緩和ケアと終末期医療の現場で一番 かされていると実感しています。多くの医師は関心を持たない分野なので携わる人も少なく、自分なりに使命感を覚えながら活動しています。

がんの終末期、ホスピスや在宅で緩和ケアを受けながら過ごす人たち

 私は、主にがんの方々の痛みを始めとするつらい症状をできる限り治めて、生活の不自由を治療やケアと工夫で支える「緩和ケア」を専ら実践しています。また、通院している方だけではなく、家から出ることができなくなった方には積極的に往診をして、亡くなるまでの生活を支える仕事を続けています。最近の研究では、緩和ケアを受けることで、わずかな期間ですが長く生存できることが分かってきました( http://jco.ascopubs.org/content/33/13/1438 )。さらに、自宅で緩和ケアを受けながら療養した人と、病院で療養した人とを比べてもほとんど生存期間は変わらないことが分かりました( http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/cncr.29844/abstract?campaign=wolearlyview )。

 緩和ケアを受けることで、がんの痛みは薬で随分治められるようになりましたが、弱り、動けなくなり、いつの日か亡くなっていくことを薬で止めることはできません。どんな人でもいずれの時からか、動けなくなり、食べられなくなり、目を覚ましていられなくなります。亡くなる前の2週間は、誰でも不自由な暮らしを強いられます。こればかりは、将来どれだけ医療が進歩しても克服できない、必ず通らなければならない人の道だと思います。

1 / 3

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

さよなら・その2-2-300-300シャドー

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

 終末期医療やケアに日々、関わっている当事者や専門家の方々に、現場から見える課題を問いかけて頂き、読者が自由に意見を投稿できるコーナーです。10人近い執筆者は、患者、家族、医師、看護師、ケアの担い手ら立場も様々。その対象も、高齢者、がん患者、難病患者、小児がん患者、救急搬送された患者と様々です。コーディネーターを務めるヨミドクター編集長の岩永直子が、毎回、執筆者に共通の執筆テーマを提示します。ぜひ、周囲の大事な人たちと、終末期をどう過ごしたいか語り合うきっかけにしてください。

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~の一覧を見る

<PR情報>

4件 のコメント

家族とどこまで話し合えるのか

匿名

誰にでも、そしていつかは訪れる「死」。私の周りでもエンディングノートを書かれてた方がいました。しかし家族は「そういえば書いていたね」と、ノートの...

誰にでも、そしていつかは訪れる「死」。私の周りでもエンディングノートを書かれてた方がいました。しかし家族は「そういえば書いていたね」と、ノートの内容も知らず、そして書かれた通りに物事が実際進んでいたのか分かりません。本人がこうあって欲しいと願い準備されたノートであっても、家族にとっては大切な人との別れ、死そのものを考えたくない思いで、そのノートを封印してしまうかもしれません。
何かに残す事も大切でありますが、しかしその前に家族と共に死について話し合うことも必要なのではないかと思いました。いつからなのか死を忌み嫌い、話題すら出さない、出せなくなったと思います。ゲームが普及し、人は3回死ぬと生き返ると普通に思っている子供もいるそうです。それが高校生でも・・・。
当たり前に過ごしてきた生活が、いつか当たり前でなくなってしまう時が訪れると思います。死について、あるいは病気になったとき、家族がどのような考えを持っているのか、お互いに理解し合うことが大切だと思います。こうした話が少しでもでき、家族同士が分かり合えていると、エンディングノートのようなモノを不要であり、また自らが自らをコーディネートせずに過ごすことができるのではないかと思いました。

つづきを読む

違反報告

本人も医師も正面から受け止めて

らぴっと

私の高齢の父が脳梗塞で入院した時のことです。 本人は相当ショックだったのでしょうが、呆然としているだけでは機能回復もままならないので家族が熱心に...

私の高齢の父が脳梗塞で入院した時のことです。
本人は相当ショックだったのでしょうが、呆然としているだけでは機能回復もままならないので家族が熱心に病気の内容を説明し少しでも関節を動かすよう促しましたが、結局現実を理解しようとせず、リハビリが思うように行きませんでした。心の中で病気に向き合う勇気がなかったのでしょう。
他方、その後症状は安定し治療方針の説明を受けることになった時、医師は家族を呼ぶだけで本人を入れようとしませんでした。本人は意識はしっかりしており脳梗塞であることは自覚している、なのにどうしてでしょう。積極的に治療やリハビリに臨むためにも本人が病気の内容と見通しについて十分に理解することが不可欠なはずです。
現実から目を背ける本人抜きで家族と決めた方が手っ取り早いのか、本人に重い話をする自信が医師にないのか、医師も患者本人も終末を正面から受け止めることは本当に難しいと思いました。
と知り合いの小児科医に話したところ、成人ならともかく死の意味も分からない子供の白血病やガンの場合は本当に医師自身も悩むとのこと。医療関係者のご苦労を垣間見た気がしました。

つづきを読む

違反報告

本当にはイメージできていないのかも

ひとみ

親を若い頃に介護した経験から、自分なりのリビングウィルを書き残しています。まわりの人に迷惑をかけたくないと思ってのことなのですが、本当に死ぬ時に...

親を若い頃に介護した経験から、自分なりのリビングウィルを書き残しています。まわりの人に迷惑をかけたくないと思ってのことなのですが、本当に死ぬ時に同じ気持ちでいるのか、自信がありません。だけどわたしのような独り身だと家族に任せるわけにもいかず、どこかの段階で希望を示さないといけないとも思います。身内のない人は誰が最後の治療を判断しているのか知りたいです

つづきを読む

違反報告

すべてのコメントを読む

がん患者や高齢者を在宅で診る立場から 新城拓也

最新記事