外傷後成長(PTG)研究者の開浩一さん
編集長インタビュー
開浩一さん(1)逆境を経て、人生の意味が深まることがある
「もがき苦しむことでこそ、見えてくるものがあるのだ」とも受け止められる、一歩踏み込んだメッセージ。開さんはその意味について、こう説明する。
「もちろん、渦中にある人にとってはマイナスに満ちていて、恐怖や不安や怒りなどの感情に圧倒されているので、この前向きなメッセージを拒絶したくなるのですが、いつか振り返った時に、マイナスだけではなかったなあと気付く方もおられます。トラウマの体験の後の過程で、『この体験を意味のあるものにしたい』と考える方もおられて、それがPTGが表れるのを促す一つの要因ともされています」
「トラウマの出来事に遭うと、普段見慣れた風景が違って見えて、自分が世間からかけ離れてしまったように感じることもあります。しかし、隔絶された地からみえる風景が新たな気づきをもたらしてくれるような気がします」
PTGの表れ方は、5つに分類されている。(1)他者との関係において思いやりや親密感の強まり (2)新たな可能性の高まり (3)人間としての強さを実感 (4)人生に対する感謝の念 (5)宗教や神秘的なことなど人知を超えたものへの理解の深まり――の5つだ。多くの場合、苦しみの出来事から時間がたって生活が落ち着き、当事者の痛みに寄り添う周囲の継続的な支援が必要となるが、トラウマの出来事の直後から生まれてくることもあるという。
「今回の地震に遭った人の中でも、もう既にPTGは表れているのかもしれません。この震災に遭ったから、命は大事だと思ったとか、この段階でたくさんの支援を得て、人の支えってありがたいと気付いたりなどです。または、いつか自分がこの経験を生かして、同じような苦しみにあえいでいる人の力になりたいと思っている人もいるでしょう。PTGはどん底にいる時から始まっているような気がするんです」
逆に、トラウマの出来事から、どれほど長い時間がたったからといって、本人のつらさが薄まると考えてはいけないとも言う。
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「私のPTGのイメージなのですが、中国の陰と陽のマーク(図参照)のようなんです。黒い方を陰とするならば、白い方は光。どれだけ時間がたっても、トラウマの出来事を思い出して、夜眠れなかったりだとか、トラウマを受けた現場に近づけなかったりだとか、ずっと苦しい思いは残り続ける可能性はあります。それでも、それと同時に成長面やポジティブな面があって、人を大事にするとか、日々の生活を大事にするとか、苦しさと成長は混在する。必ずしも、傷が癒えたわけではないのだけれども、今でも非常につらい思いを抱えているのだけれども、同時に人生の深まりも体験している。私の中のPTGのイメージはこういうことなんです」
開さんは、PTGを当事者だけでなく、支援者にも広めたいと考えているが、常に、警戒しているのは、今苦しみの渦中にある人に対して、ハッピーエンドが待ち受けているように支援者が誘導してはいけないということだ。
「今、つらい人に、受容しなさいという視点で支援者から接されるときついのですよね。最終目標がPTGでありなさい、ここが目標ですよ、という視点で接されるとトラウマに苦しんでいる当事者の人にさらなる苦しみを与えることが危惧されます。支援者はPTGという言葉を使わなくてもいい。苦しみの渦中にある人が発するPTGの言葉にアンテナを張り、それが表れた時に、『そういうふうに思ったんですね』と受け止めたい。『命が大事だと思ったんですね』『今度は誰かの役に立ちたいと思ったんですね』と、繰り返し受け止めて、その人に返してあげることでその気持ちは強まる。根付いていく。もやーっと心の中に表れてきた段階の人に、すとんと心に落としてあげる。PTGを使って何とか引き上げてあげようというのではなく、PTGの知識を持ちながら、通常の支援に 勤 しみ、トラウマの出来事により苦しむプロセスに寄り添っていこうとする姿勢が、なにより、大事だと言われています」(続く)
【略歴】開 浩一(ひらき・こういち) 長崎ウエスレヤン大学社会福祉学科准教授 |
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