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原記者の「医療・福祉のツボ」

医療・健康・介護のコラム

貧困と生活保護(29) 保護費のほぼ半分は、医療扶助に使われている

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「医療券」を発行してもらって受診する

 生活保護の医療に対して「自己負担がなくていいなあ」と、やっかむ声が聞かれます。たしかに医療扶助の場合、公的医療保険がきく範囲の医療なら、基本的に経済的負担なしで受けられるのですが、受診方法の面で、すこし制約はあります。

 いつでもどこでも受診できる「保険証」が、ほとんどの生活保護世帯にはないのです。

 どういう病気やけがで、どの医療機関にかかるのか、福祉事務所へ事前に申請して「医療券」を発行してもらい、指定された医療機関に示して受診するのが、医療扶助の原則です。医療券は、病気ごと、医療機関ごとに必要で、その月だけ有効です。歯科の診療や訪問看護も同様です。

 生活保護を受けている人が、一時的な病気やけがで受診するときは、すぐに医療券が発行されます。急な発症で時間的な余裕がないときは、福祉事務所に電話連絡したうえでとりあえず受診し、後から医療券の手続きをしてもらうこともできます。

 一方、継続的な診療が必要な病気やけがは、医療機関から「医療要否意見書」を提出してもらい、それを福祉事務所が検討したうえで、医療券を発行します。入院のときも同じです。外来、入院とも、少なくとも6か月ごとに医療機関は要否意見書を提出します。外来患者は毎月、福祉事務所へ出向いて医療券をもらわないといけません。入院中の患者の医療券は、福祉事務所が医療機関へ送ります。

 いずれにせよ、福祉事務所の事前了解が原則で、自分の判断だけでは医療にかかれないわけです。

 すると、夜間・休日で福祉事務所が閉まっているときの急病は、どうするのでしょうか。厚生労働省は「そのような事態に対応するため、あらかじめ地域の医師会等と協議し、適切に受診できるような措置を講じておくことが適当である」(中央法規「生活保護手帳別冊問答集2015」p483)と、あいまいな説明です。対応は自治体によってまちまちで、緊急受診用に「休日・夜間等医療依頼書」「被保護者証明書」といった書面を保護世帯に渡している自治体がある一方、何も出していない自治体もあります。実際に不都合な事態はとくに起きていないようですが、手続きを気にして受診が遅れるとまずいので、全員に証明書を発行してほしいという声もあります。

 なお、ホームレス状態の人のように、お金が乏しくて保険証もなく、生活保護を受けていない人が、救急搬送などで入院したときは、急迫状態として緊急保護が適用されます。資産や扶養関係などの調査は福祉事務所が後から行い、資産があったときは返還を求めます。

通院の交通費は、移送費で支給

 医療扶助でかかれるのは原則として、生活保護指定の医療機関です。とはいえ、保険指定された医療機関なら、ほぼすべてが生活保護指定なので、その点で選択の幅が狭くなることはありません。

 実際にどこにかかるかは、本人の希望を踏まえて福祉事務所が決めます。原則は、自宅から比較的距離の近い医療機関とされています(治療上の必要などの事情があれば別)。

 医療扶助は、保険のきく範囲が対象なので、差額ベッド代などは出ず、先進医療の費用も給付されません。ただし生命にかかわる、他に治療法がないといった特別な事情があれば、未承認薬など保険のきかない治療でも医療扶助が認められることもあります。

 薬局用には、調剤券が発行されます。伝統的な施術(柔道整復・はり・きゅう・あん摩指圧マッサージ)、治療用装具の給付を受けるときも、医療とほぼ同様の手続きで、要否意見書にもとづく福祉事務所の決定が必要です。この場合は施術券、治療材料券が発行されます。

 通院や入院に交通費がかかるときは、医療扶助の一環として「移送費」が支給されます。公的医療保険で事後給付される移送費は、自力の移動が難しい患者に限られますが、医療扶助では、自分で通院するときの電車代、バス代、ほかに適当な手段がないときのタクシー代なども出ます。通院の交通費は、生活扶助の額に含まれていないからです。支給を受けるには、急病のときを除いて事前の申請・決定が必要です。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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