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胃がん<下>除菌と検診でリスクを回避!

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 胃の病気の大半がピロリ菌に関係し、ピロリ菌がなければ胃がんにはならないことをBS日テレ「深層NEWS」の前半で具体的に解き明かした北海道医療大学学長の浅香正博さんは、番組後半でピロリ菌の感染源やがん発生のメカニズム、そしてピロリ菌の除菌法などについて解説し、最後に胃がんで命を落とさない方法についてわかりやすく述べてくれた。

(構成 読売新聞編集委員・伊藤俊行)

◆萎縮性胃炎は「前がん状態」

胃がん<下>除菌と検診でリスクを回避!

図5 BS日テレ「深層NEWS」より

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図6 BS日テレ「深層NEWS」より

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図7 BS日テレ「深層NEWS」より

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図8 BS日テレ「深層NEWS」より

 ピロリ菌は胃の粘膜や粘液の中に 棲息(せいそく) しています。長く感染し続けると、粘膜の障害が生じます。

 図5の写真は正常な胃の粘膜で、図6の写真が慢性胃炎の状態です。ピロリ菌に感染すると、100%の人が慢性胃炎になります。これが、今回除菌について保険適用が認可されたピロリ感染胃炎なのです。

 そして、慢性胃炎から10年、20年もたつと、日本人は8割が慢性胃炎から萎縮性胃炎に移行していきます。萎縮性胃炎は、胃酸を出す細胞が萎縮してしまい、酸を十分に出せない状況です。これが長く続くと胃がんになりやすいので、前がん状態と言われています。

 萎縮性胃炎から早期の胃がんに進行する人は0.2~0.5%で、一見、ずいぶん低い数値と思われるかもしれませんが、ピロリ菌に感染していない場合にはこれは限りなくゼロに近くなるはずですので、十分に注意をしなければいけないのです。萎縮性胃炎が進んでいくと、腸上皮化生という胃の粘膜の一部が腸の上皮に変わってしまう状況になって、胃がんになりやすくなるのですが、ピロリ菌は棲(す)めなくなります。つまり、胃がんができやすい状況になった時には、ピロリ菌は消えてしまうのです。

 日本人に感染するピロリ菌は、胃がんを引き起こしやすい最悪のピロリ菌と言われています。ですから、胃がんになる前に、ピロリ菌を除菌してしまうのが胃がん予防にとって、もっとも重要になります。世界でピロリ感染胃炎の除菌に保険が適用されている国は日本だけです。したがってピロリ感染胃炎の除菌を徹底できれば、わが国から胃がんで命を落とす人を激減させることが可能になるのです。

◆乳幼児期の口からの感染を防げ

 ピロリ菌の感染経路ははっきりしていて、口からのみ感染します。

 ピロリ菌は酸に弱いので、大人になってから感染することはほとんどありません。酸が十分に分泌されていない乳幼児期に感染します。ですから、乳幼児期にうまく感染をブロックできれば、一生ピロリ菌に感染しない可能性が高いのです。

 上下水道が完備していない時代には、井戸水などからピロリ菌に感染することが多く、団塊の世代ではほぼ80%がピロリ菌を持っています。現在は、わが国の衛生状態は世界のトップクラスですから、感染源は激減しています。現在の中学生のピロリ菌の感染率は約5%ときわめて低いことがわかっています。

 今、ピロリ菌の感染源として重要なのは、ピロリ菌を保持している団塊の世代より上のおじいちゃん、おばあちゃんです。ピロリ菌の感染予防として孫に口移しで食べさせないということを小児ヘリコバクター・ピロリ研究会は提唱しています。これは同時に歯周病の予防にも有用といわれています。

 また、日本では感染源がなくなってきたものの、東南アジア、中南米、アフリカにはまだまだ感染源があるので、海外旅行に行った時は、水に注意していただきたいと思います。

◆1、2次除菌までは保険適用

 日本では2000年に胃潰瘍、十二指腸潰瘍の除菌について保険が適用されるようになり、13年には世界で初めて、ピロリ感染胃炎の除菌が保険の適用になりました。保険で除菌を行うためには、まず内視鏡検査を行い、胃がんがなく胃炎の状態であることを確認することが必要です。つまりは、保険を使用した内視鏡検診とも言える状況が、わが国では可能になっているのです。

 ピロリ菌の除菌には、通常3種類の薬を飲みます。プロトンポンプ阻害剤という酸を抑制する薬と、抗生剤2種類です。かつては90%以上に除菌が成功していましたが、近年、耐性菌が増えたため、70%前後の除菌率に低下しています。

 1次除菌できなかった場合は、2次除菌を行います。これも、保険が適用されています。2次除菌は、1次除菌で使うクラリスロマイシンという抗生物質の代わりに、メトロニダゾールという、女性のトリコモナス膣炎(ちつえん)に効く薬を使います。

 この薬は非常に効果的なので、1次除菌できなかった人の90%以上が成功します。1次、2次を合わせると、日本での除菌はほぼ95%が成功しているのです。2次除菌で成功しなかった人は、3次除菌を行うことになりますが、これに関しては保険の適用外です。

 プロトンポンプ阻害剤より酸分泌抑制が強力なボノプラザンという薬が2015年2月に保険適用となって発売されました。除菌率は酸の抑制の強弱で決まるので、ボノプラザンを使うと、今まで除菌できなかった多くの方が除菌に成功しています。

◆アレルギーあっても除菌は可能

 除菌成功後にピロリ菌に感染する再感染率は、日本人では1%程度ときわめて低いのです。むしろ、気をつけなければいけないのは、除菌が成功していると判定したのに実は失敗していたケースです。除菌できたかどうかは、最も感度の高い呼気試験という方法を使います。この方法以外では偽陰性例が出る可能性があるので、学会では注意を呼びかけています。

 このほか、抗生物質にアレルギーがある人は除菌ができないと思っていたり、医師がそう言ったりすることがあるのですが、実はアレルギーがあっても除菌はできます。このような場合は、専門医療機関をぜひ、受診してください。最も勧めたいのは日本ヘリコバクター学会の認定医で、学会のホームページを見ると探し出すことができます。

◆除菌後の定期検診、怠らずに

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図9これから胃がんでなくなる人の予想:黒線は対策をしないケース、灰色線はピロリ感染胃炎で除菌を行う人が年間100万人を超えたケース)

 胃がんで命を落とさないためには、症状がなくてもピロリ感染胃炎があるかどうかを疑って専門医療機関を受診することが、最も重要です。

 萎縮性胃炎の段階でピロリ菌を除菌しても、既にがんの要因が胃の中に植え付けられている可能性があるので、胃がんを100%抑制することはできません。したがって、除菌後も定期的に内視鏡で胃の状況を追っていくことが大切なのです。

 1年に1回、あるいは2年に1回、萎縮性胃炎が良くなるまで内視鏡で検査をするようにしていただければ、もし胃がんになっても早期がんの段階で見つかりますから、亡くなる可能性はほとんどありません。

 ピロリ菌の除菌と内視鏡による定期的な観察が、胃がんで亡くならないために最も重要なことです。これこそ私が提唱している、わが国から胃がんを撲滅する計画の根本なのです。

 特に胃がん対策を行わなくても、ピロリ菌感染率の高い団塊の世代が姿を消す2030年頃から、わが国の胃がん死亡者数も減少し、2040年には3万3000人くらいになると推定できます。

 もし、除菌数が年間150万人もの人に行われている現在の状況が続いていき、この10年でわが国のピロリ菌感染者の約150%が除菌できたとすると、胃がんで亡くなる人の数は急激に減少し、2020年には約3万人に減少し、2040年には1万人そこそこになると考えられます。

◆「胃がん撲滅」日本から発信

 これはあくまでも予測値なのですが、保険医療を利用したわが国の胃がん撲滅政策がこのように成功した場合、これまでに類を見ないがん対策の成功例として世界中から称賛の声が上がることは、間違いのないことと思います。

 われわれ日本人は、今まで誰も行ったことのない医療保険を使用した壮大な規模の臨床試験を行っている最中と言えます。最初の結果が出てくるのは2020年頃と推定しています。 () しくもこの年は、東京オリンピックの開かれる年に符合しています。

 わが国から、世界で最も多くの人を死に追いやってきたがんの一つ、胃がんを撲滅する確かな情報を全世界に発信できることは、わが国のこれまで行ってきた国際貢献の歴史の中でも特記すべき出来事として記憶されることになると、期待しています。

 胃がんを診断、治療する医師の内視鏡技術はわが国が世界最高であり、ピロリ感染胃炎の除菌も世界で初めて保険が認可されたので、わが国での胃がん撲滅の動きは一気に加速してきました。もはや、わが国では胃がんで命を落とすのはもったいない時代に入ってきています。

 少しでも心配な場合には、ピロリ感染胃炎を疑って専門医療機関をすぐに受診していただきたいと思います。

 これ以上詳しい知識が必要と思われた場合、当番組でも紹介しましたが、中央公論新社から発刊された拙著「胃がんでいのちを落とさないために」をぜひお読み下さい。

 ※2月12日放送のBS日テレ「深層NEWS」(月~金曜日の22時~23時放送)を再構成しました。

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