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精神科医 野村総一郎さん…患者一人に1時間、次々回復

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「人生案内」回答経験を生かし

精神科医 野村総一郎さん…患者一人に1時間、次々回復

「丁寧な診療で精神科治療のあり方を見直す動きにつなげたい」と語る野村さん(東京都千代田区の六番町メンタルクリニックで)

 読売新聞朝刊の人気コーナー「人生案内」で、回答者を務める精神科医の野村総一郎さんが昨年、東京都千代田区で診療を始めた。患者一人に1時間かける診療は丁寧だが、対応できる患者数が限られるため保険診療では利益が出ない。手弁当で行うが、患者たちを次々と回復させている。

 精神科治療は「薬物偏重」と批判されて久しい。患者が多いうつ病でも、抗うつ薬が劇的に効く例は限られ、 認知行動療法 などのカウンセリングへの期待が高まっている。

 しかし、医師がカウンセリングに長い時間をかけても診療報酬はあまり増えず、5分診療で薬を出し、多くの患者を診た方が利益は増える。カウンセリングが得意な精神科医が少ないこともあり、精神科で十分なカウンセリングを提供できない状況が続いている。

 防衛医大で精神科教授や病院長を務めた野村さんは、この状況に危機感を強め、利益にこだわらない診療を始めた。きっかけは病院長時代の経験だった。

 「臨床の第一線から離れ、少数の患者さんを時間をかけて診るようになると、次々と回復していった」

 カウンセリング技術は以前から磨いてきたが、「人生案内」の回答経験も人間理解に役立ったと言う。

 「限られた情報だけで質問者の置かれた状況を物語のように推察し、明確な回答を示す。精神科診療では医師の決めつけは禁物で、結論を出すのは患者さんだが、患者さんの状況をより細かく感じ取れるようになったのは、『人生案内』のおかげ」

 回復例をみてみよう。

 患者は関東地方に住む30歳代の男性。周囲から「トラブルメーカー」とみられて孤立し、うつ症状が悪化して会社を休みがちになった。自宅近くの診療所でうつ病と診断され、抗うつ薬を長く飲んだが改善せず、受診した。野村さんは時間をかけて話を聴いた。

 男性はプライドが高く、納得できないと上司にも反論した。他人のいいかげんな言動が許せず、飲食店などでは店員の振る舞いや言葉遣いにも腹を立てて文句を言った。「歩きスマホ」でぶつかってきた人とトラブルになったこともある。

 野村さんは、男性が憤る気持ちも理解できたが、度が過ぎて自分を追い込んでいたことにも気づいた。自分の言動を客観的に見つめてもらうことが必要と考えて、日記を書くことを勧めた。その日記を診察日に持参してもらい、行動を一緒に振り返りながら、「その時どう感じたか」「なぜそのように行動したか」「相手はどう感じたと思うか」などと尋ねて、男性と話し合った。

 やがて男性は、自分の「正義」を押しつけるのではなく、相手の事情も考えた対応が大切だと考えるようになった。仕事を頑張るタイプだったので、トラブルが減ると社内評価が上がり、うつ症状も消えたという。

 野村さんは「丁寧な診療を行えば、回復する患者は増える。良好な診療結果を示すことで、精神科診療のあり方を見直す動きにつなげたい」と話している。(佐藤光展)

 認知行動療法 
 患者が医療者との対話を通して、過剰なストレスを招く考え方や行動の癖を修正していく治療法。うつ病や不安障害などを対象としている。
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