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QOD 生と死を問う

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[QOD 生と死を問う]家で看取る(上)母の望み「かなえられた」

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訪問看護師、介護士が支援

[QOD 生と死を問う]家で看取る(上)母の望み「かなえられた」

 超高齢社会が到来し、亡くなる人が年々増える多死時代を迎えた今、「クオリティー・オブ・デス(QOD)」(死の質)という考え方が注目されている。死を見つめることは、より良い生を実現することにつながるという。本人と家族にとって、質の高い死とは何かを問う年間企画では、まず、自宅での 看取みと りを考える。

 1月26日午後11時半、神奈川県相模原市の住宅街。自宅1階にある自室で眠っていた山本節子さん(90)が、大きく顎を上下させて息をし始めた。臨終の時が迫っていた。

 老衰と末期がんで、3か月前からほぼ寝たきりに近かった節子さん。この日は昼から血圧が下がり、同居する長女の由香さん(56)は、携帯電話で訪問看護師と何度も連絡を取った。「お別れが近づいたら、顎を使って呼吸するようになりますよ」。看護師の落ち着いた声に、唇をかみしめ、うなずいた。

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 節子さんの呼吸の間隔は少しずつ開いていく。「次の呼吸で最後かも」と思うと、由香さんは、節子さんの手を握って「お母さん、お母さん」と泣きじゃくっていた。ずっと閉じていた節子さんの目がうっすら開き、目尻に涙をにじませた。その数分後、呼吸は静かに止まった。

 なじみの看護師や介護士が駆けつけ、医師に連絡。翌27日午前1時45分、死亡が確認された。

 「最初は不安だったけれど、母の希望通り住み慣れた自宅で見送れて良かった。家には2人きりで、ずっと母を見つめていられた」と、由香さんはほほ笑む。家族の写真や使い慣れた家具に囲まれての旅立ちだった。

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 北海道で独り暮らしだった節子さんは、15年ほど前から一人娘の由香さん夫婦の元で暮らし始めた。仕事で夫婦が不在の日中は、毎日散歩に出かけ、ご近所とも顔なじみに。由香さん夫婦に「延命治療はしなくていいから、できる限り家に居させて。病院は雰囲気が嫌」と、家で最期を迎えたい思いを伝えていた。

 3年ほど前からは、足腰が弱り、在宅医療や食事介助などの訪問介護を利用し始めた。「私のせいで仕事を辞めないで」と、夫婦を思いやる節子さんに、由香さんは「高校卒業後に家を出て、母と暮らすのは久しぶり。大好きな母のためにも、仕事を辞めず、自宅で看取りたい」と考えた。

 しかし、その思いは揺れた。

 「自宅で見られなくなってからでは、入れる施設が見つかりませんよ」。昨年7月、節子さんに末期のがんが見つかった時、病院の医師は、ホスピスや介護施設を探すよう促した。訪問診療をしていた医師も「家は大変だから……」と歯切れが悪かった。

 自宅で最期を迎えるのは、それほど大変なのだろうか。迷い始めた由香さんを支えたのは、訪問看護師や介護士の言葉だった。

 「最期になれば、病院と自宅でできることに差はありません。自宅でも痛み止めが使えますし、呼吸を楽にする機器も持って来ます」「心を決めてくだされば、全力で支えますよ」

 担当した訪問看護師の吉川敦子さんは「本人も家族も自宅での暮らしを望んでいた。希望をかなえたいと感じたし、かなえられると思った」と振り返った。

 (山本節子さん、由香さんは仮名です)(大広悠子)

日本「多死社会」へ

 今後、日本は多死社会となる。年間死者数は2015年に130万人を超え、39年に167万人でピークに。これは、現在の福岡市や神戸市の人口(ともに約154万人)に匹敵する規模だ。医療の進歩などで平均寿命が延び、20年後には人口の5人に1人が75歳以上になる中、高齢の死者数が急増するのは必然だ。

 「そうした時代に重要なのが、より良い逝き方を考えるQODという視点だ」と、袖井孝子・お茶の水女子大名誉教授は言う。1980年代から欧米で使われ始め、21世紀に入り研究が盛んに。望んだ「死に場所」や治療法が得られ、苦痛が少なく、人生のふり返りや遺言・墓などの準備をし、家族との時間があることが、QODを高めると指摘される。医療チームとのコミュニケーションが十分あることが、家族の満足度にもつながるという。

 だが、内閣府が12年に55歳以上に行った調査では、「自宅で最期を迎えたい」と回答した人が54.6%だったのに対し、実際は8割近くが医療機関で死亡している。国は今後、急増する死者数を病院で受け入れきれないこともあり、在宅看取りを進めるが、高齢期の住まいや在宅医療、介護などの体制整備は手探りだ。多死時代に向け、社会全体でQODを高める対応が求められる。(本田麻由美)

  <QOD>  Quality of Deathの略で、直訳は「死の質」。生活や人生の質(QOL)を高めようと最期までより良く生きることを支えることが、死の質も高めるとの考え方。欧米では、一時点の死(Death)ではなく、死にゆく過程や死後の遺族ケアも含む「Dying」を使うことも多い。

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