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医療部発

医療・健康・介護のコラム

後悔ばかりの被災地生活

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後悔ばかりの被災地生活

震災の翌月にオープン予定だった宮城県東松島市の高齢者福祉施設前では、津波に流された車がありえない格好で止まっていた(2011年3月22日撮影)

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宮城県東松島市の東名駅付近のJR仙石線線路は、津波の力でめくれあがっていた(2011年3月22日撮影)

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震災で津波被害を受けて脱出した宮城県女川町の離島・出島の島民が初帰島するのに同行した(2011年3月23日撮影)

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宮城県女川町の離島・出島の漁師は、地震と津波でつぶれた自宅の屋根の上でぼう然としていた(2011年3月23日撮影)

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児童と教職員計84人が犠牲になった石巻市立大川小学校付近を捜索する自衛隊員ら(2011年4月24日撮影)

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石巻市立大川小学校の児童らが避難しようとしていた交差点。ここにも津波被害を受けた車が横たわる(2011年4月24日撮影)

 東日本大震災から5年が過ぎました。3月10日から21日にかけての連載「医療ルネサンス」で8回にわたり、震災での医療体制や健康維持の取り組みのあり方を検証し、その教訓をどう後世につなげていくべきかを取り上げました。

 私は震災の1年前から2015年5月まで、宮城県の東北総局(仙台市)と石巻支局(石巻市)に勤務しました。特に石巻支局での2年8か月は、児童74人が犠牲になった石巻市立大川小学校や、地域版の連載のため通い続けた石巻市の漁港・小渕浜の取材など、20年あまりの記者生活で最も濃密な時間でした。

 被災地には様々な課題が凝縮されています。人口が減り、高齢化が進む過疎地で、それらを数十年先まで一気に進めてしまったのが震災でした。産業は衰退し、若者は大都市に流出しています。被災者の引きこもりやアルコール依存症など健康面の悪化も進んでいます。

 被災地で暮らした時間を一言でいえば「後悔」です。2万人以上が亡くなってしまったことへの後悔、三陸沖で近いうちに大きな地震が起こると言われながら自分自身何も準備せず、大津波を想像もしていなかった後悔、自分の記事が他の報道内容より劣っていたとの後悔、取材でお世話になった方々に何もお返しすることができなかったのではないかという後悔……。目の前で家族を津波に持っていかれた人たち、津波にのまれて娘とつないでいた手が離れて自分だけ生き残った母親にも取材しました。その後悔の深さに、かける言葉は見あたりませんでした。

 震災後の医療にかかわる多くの関係者にも、後悔はついて回ったと思います。震災時に十分な医療体制が維持されていれば亡くならずに済んだはずの「防ぎ得る災害死」が岩手、宮城県の計40病院だけで143人いた可能性があることも記事で取り上げました。避難所に医療支援に行ったものの毛布も薬も足りない、患者が殺到して本来はもう少し入院させておくべき患者を避難所に戻さざるを得なかった、と指摘する医師もいました。医療救護チームとして被災地に駆けつけたものの、チームのメンバーが激務とストレスから病気になり、わずか1日で全員引き返さざるを得なかったエピソードも聞きました。

 医療関係者が手を抜いていたわけではありません。家族が亡くなってなお、家に帰らずに病院に寝泊まりして働き続けた看護師や事務職員を何人も知っています。みな一生懸命やるべきことをやったはずですが、考えもつかない穴が至るところにあったということでしょう。どんな専門家でも、予想がつかないことが起こるのが災害です。過去の経験から学び、少しずつ改善を重ねていくしかないのは、がんなどの治療でも同じです。救えなかった命を無駄にしないとの思いが医療を進歩させてきました。

 無数の後悔を今後に生かしていくことが、生き残った私たちの使命です。自分自身も医療報道に限らず、生きている限りあの震災にかかわり続けていくことでしか、自分の後悔を晴らす方法はないのだと思っています。

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石塚人生(いしづか・ひとせ)

1999年から医療情報部で約7年間、小児医療、神経難病などを担当した。東日本大震災発生時は東北総局で、石巻支局長を経て2015年6月から医療部。

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医療部発12最終300-300

読売新聞東京本社編集局 医療部

1997年に、医療分野を専門に取材する部署としてスタート。2013年4月に部の名称が「医療情報部」から「医療部」に変りました。長期連載「医療ルネサンス」の反響などについて、医療部の記者が交替で執筆します。

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