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がん診療の誤解を解く 腫瘍内科医Dr.勝俣の視点

コラム

がんとうまく付き合うには? ~あせらず、あわてず、あきらめず~ その1

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 先日、俳優の松方弘樹さんが「脳リンパ腫」と診断されました。

 毎月のように、芸能人の誰かが、「がんと診断された」、と報道されます。皆さんの身近な方にも、がんと診断された方は、1人以上はいらっしゃるのではないでしょうか。

 最新のがんの統計(注1)によりますと、2011年にがんと診断された人は、85万人と報告されています。74歳までにがんに罹患りかんする確率は、50.5%であり、国民の2人に1人はがんになる、という計算になります。

 このように、がんはいまや国民病と言ってもよいくらい身近な病気になりました。誰もが、がんになる時代となったのです。

 けれども、メディアから流れてくる情報は、いまだに怪しい情報、間違った情報が多いです。

 「抗がん剤で殺される」「抗がん剤でボロボロになる」「がんを克服する奇跡のサプリメント」などなど……。

 よく考えてみると、「がんを克服する奇跡の○○療法」などの怪しい情報が氾濫しているのは、がんが大変恐ろしい病気で、付き合いにくい病気であるということを言っているようなもので、逆に、国民・患者さんの不安をあおっているようにも思います。

 こんな時代ですから、正しい情報を知って、がんとうまく付き合っていってほしいと思います。

がんとうまく付き合う秘訣“トリプルA”

 がんと上手に付き合うための心得を知っていますか?

 「あわてず、あせらず、あきらめず」すなわち、「3つの“あ”」「3A」
 私は、最近、“トリプルA”と呼んでいますが、これが実に良い言葉と思っています。

 この言葉は、もともとは、中国の古い格言だそうです。

 この言葉を最初に知ったのは、浜松オンコロジーセンターの渡辺亨先生からでした。渡辺先生は腫瘍内科のパイオニアで、私をこの道に導いてくださった師匠でもあります。国立がんセンター中央病院(現、国立がん研究センター中央病院)時代に、優しく、厳しく指導してくださった恩師です。

 その渡辺亨先生が、再発・進行がんとの付き合い方ということで、患者さんによくお話しされている言葉と聞きました。

 とても良い言葉で、私もよく患者さんに対して使わせていただいています。

 がんが、再発・転移しますと、患者さんとしては、気が気ではありません。
 このがんが、どんどん進行していって、自分の体がどうにかなってしまうのではないか?命に関わるようなことになってしまうのではないか?
 手遅れになってしまうのではないか?などと不安になります。

 このような時に、「あわてず、あせらず、あきらめず」が大事なのです。

患者さんへの処方箋

 Kさんは、卵巣がんで手術を受け、術後に抗がん剤を受けました。
 抗がん剤の終了した10か月後に、腫瘍マーカーが増え、PET-CTでおなかの中のリンパ節と、左の鎖骨の上のリンパ節に転移が見つかりました。
 主治医からは、「再発なので、すぐに抗がん剤治療が必要」と言われたのですが、あまりにもショックが大きすぎて病院に通うことすらできなくなってしまいました。

 「自分は、絶対治ると思っていた。あんなに大変な手術や抗がん剤もやったのだから、絶対大丈夫と思っていた。なのに再発するなんて……。なぜ、早く見つけられなかったのだろう。もっと検査をやっておけばよかったのかな。再発したら、治らないと聞いた。私はすぐに死んでしまうのかもしれない。どうせ死ぬなら、つらい思いをして死にたくない。抗がん剤なんてやりたくない。でも抗がん剤やらないとがんが進行していくのかしら。どうすればよいの?」と、悶々もんもんと1人で考え込んでしまったそうです。
 いくら考えても答えが出ませんでした。

 Kさんは、そのときの気持ちを、
 「真っ暗闇の中のトンネルの中をさまよう気分だった」と語っています。

 がんの患者さんで、がんの診断や、再発の診断を受けたときの状況をこのように表現される方は多いです。

 「出口の見えない真っ暗闇。一点の光も希望も見いだせない不安な気持ち」
 また、
 「オールのない小舟に1人で乗せられて、大海に放り出されたような気分」
 とも聞きます。

 Kさんは、再発するまでは、アパレル関係の仕事をバリバリされていたそうですが、再発と聞いた瞬間から、まったく仕事にも手がつかなくなりました。

 そんなKさんが、つてをたよって、私の外来を受診しました。
 まず、Kさんのこれまでのお話を、がん専門看護師と一緒にじっくりと聞かせていただきました。

 病状だけでなく、家族のこと、ご主人が若くして亡くなった後も1人でがんばってきたこと、がんの手術を受け、抗がん剤もやったが、これまでは、明るく前向きにやってきたこと。
がんが“再発”したと聞いた瞬間から、生活が180度変わってしまった、何をするのにも気力がなくなり、仕事をすること、料理をつくることもできなくなってしまったと。

 彼女の抑うつ症状はかなり強かったので、精神科医師にもかかっていただいて、抗うつ剤の処方を受けました。

 その後、彼女は少しずつですが、徐々に病状を受け入れられるようになりました。抗がん剤も受け、現在では、以前のような笑顔が戻り、元気に通院されています。

 Kさんには、医学的なカウンセリングや処方も功を奏したのだと思いますが、
 Kさんを支え、励ましてくれた言葉が、
 「あわてず、あせらず、あきらめず」
 でした。

 私は面談の最後に、
 「あわてず、あせらず、あきらめず」
 の言葉を紹介し、
 「紙に書いて貼っておくとよいと思いますよ」
 と言ったところ、
 彼女は、本当にそれを書いて棚に貼り、毎日唱えていたそうです。
 毎日唱えることによって、再発と診断され、あせってしまう心、落ち着かない心を癒やしてくれたようです。

あわてず

 がんと診断されますと、患者さんは気が気ではありません。
 たいていの人は、がんと診断されるのは、初めてのことです。

 “どうしよう、早く治療しなければ、どこで治療すれば?”
とあわててしまいます。

 早く治療をしようとするあまり、十分な情報も得ないまま、あまり専門でない病院で治療を受けてしまったりします。

 症状が進行性で、全身状態が悪い場合を除いて、緊急に処置や治療が必要な場合は、そう滅多にあることではありません。

 たいていの場合は、少なくとも数週間の時間的余裕はあります。
 がんの種類、状態にもよりますが、症状がなく、がんの範囲が広がっていない場合には、治療を急ぐ必要がない場合が多いのです。

 あわてず、じっくりと情報を集め、適切な治療を受けることが大切と思います。

あせらず

 がんと診断されますと、たとえ症状がなかったとしても、落ち着いてはいられません。

 “このまま放っておいたらどうなってしまうのだろう? すぐ死んでしまうのかしら? 何かできることはないのか?”
 とあせってしまいます。

 あせってしまうと、冷静な判断ができなくなります。

 がんと診断されたとしても、再発と診断されたとしても、すぐにどうこうなってしまうわけではありません。

 明日にでも命がなくなってしまうことももちろんありません。

 まずは、心を落ち着けて、深呼吸をし、ご自身の日常を取り戻すことも大切です。

 がんと診断され、「今までの生活が全く壊れてしまった」ともお聞きします。

 がんと診断されたからといって、日常生活が全くできなくなるわけではありません。

 今までどおり、できることはあるはずです。
 おいしいものを食べてもよいと思います。
 心地よい音楽を聴くこともよいと思います。

 できることは何でも良いです。
 まずは、普段ご自身が日常生活でしていることをすることで、日常の自分を少し取り戻してみてはいかがでしょうか。

 そうすると、少し心が落ち着いて、少し冷静さを取り戻すことができるのではないでしょうか。

あきらめず

 がんとうまく付き合う秘訣ひけつ“トリプルA、あわてず、あせらず、あきらめず”の三つの言葉のうちで、最も大切なのが、“あきらめず”だと思います。

 がんと診断され、再発と診断され、
 「自分ではどうすることもできない、やる気もでないし、自分はもうどうなってもよい」、と自暴自棄になってしまうことがあるかもしれません。

 どんな状況になったとしても、あきらめてはいけません。

 必ず、何かできることはあるはずです。
 何らかの対処方法は必ずあります。

 治療法がなくなってしまうこともありません。

 どんな進行がんになったとしても、治療がなくなることがありません。

 がん患者さんが医師から言われる最も傷つく言葉(注2)の一つに
 「もう治療法がありません」
 があります。

 医師からこのように言われたとしたら、誰でも絶望的な気持ちになってしまうと思います。

 これは、がんが進行し、積極的治療が難しくなったということを意味しているのだと思います。
 がんが進行して、全身状態が弱ってきているときに、抗がん剤などの積極的治療をやりますと、命を延ばすどころか、かえって命を縮めてしまうようなこともあります。このような場合の抗がん剤は、それこそ、体をボロボロにしてしまいます。

 実際には、治療がなくなってしまうわけではありません。
 緩和的な治療、症状を和らげていく治療は、患者さんの生活の質を保っていく上でとても大切な治療です。緩和療法・緩和ケアもきちんとした治療法の一つです。

緩和ケアにも治療効果がある

 最近の医学研究で、早期から開始する緩和ケアが、がん患者さんに延命効果をもたらすという研究結果があります(注3)。

 ハーバード大学の研究で、抗がん剤と並行して、緩和ケアを開始すると、患者さんの生活の質を向上させ、うつ症状を軽減させ、過剰な抗がん剤も避けることができました。そして、驚くべきことは、緩和ケアを早期に開始することによって、延命効果がもたらされたというのです。

 これまでは、“緩和ケア”というのは、対症的な療法であり、治療効果はないと考えられていましたが、その概念を打ち壊す画期的な研究結果だったと言えます。

 ですから、
 “進行がんになったとしても、治療がなくなることはありません”
 と言ってよいと思います。

医師にも必要な“あわてず、あせらず、あきらめず”

 “トリプルA、あわてず、あせらず、あきらめず”
 は、患者さんだけでなく、医師にも言えることと思います。

 腫瘍マーカーが少し増えただけなのに
 「すぐに治療をしましょう」
 と言ってしまう医師

 治療をあせってしまい
 「早くやらないと死んでしまうよ」
 と患者を脅す医師

 「もう治療はない、ホスピスに行ったらよい、旅行でもしたらよい」
 と言う医師

 医師が、あわてて、あせってしまったら、患者さんもあわて、あせってしまいます。
 医師が、あきらめたら、患者さんは、絶望に陥ります。

 医師も
 “あわてず、あせらず、あきらめず”

 がんから逃げないで、患者さんと一緒に病気と向き合い、
 患者さんと一緒に最後まであきらめず、患者さんに安心を与えることができるような存在であってほしいと思います。

参考
1. 国立がん研究センターがん対策情報センター. がん統計.
2. Morita T, Akechi T, Ikenaga M, et al. Communication about the ending of anticancer treatment and transition to palliative care. Ann Oncol 2004;15:1551-7.
3. Temel JS, Greer JA, Muzikansky A, et al. Early palliative care for patients with metastatic non-small-cell lung cancer. N Engl J Med 2010;363:733-42.

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katsumata

勝俣範之(かつまた・のりゆき)

 日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授

 1963年、山梨県生まれ。88年、富山医科薬科大卒。92年国立がんセンター中央病院内科レジデント。その後、同センター専門修練医、第一領域外来部乳腺科医員を経て、2003年同薬物療法部薬物療法室医長。04年ハーバード大学公衆衛生院留学。10年、独立行政法人国立がん研究センター中央病院 乳腺科・腫瘍内科外来医長。2011年より現職。近著に『医療否定本の?』(扶桑社)がある。専門は腫瘍内科学、婦人科がん化学療法、がん支持療法、がんサバイバーケア。がん薬物療法専門医。

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1件 のコメント

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トリプルAを信じるには

すずめの父

結腸がんの経過観察中に,膵臓がんが見つかりました。 最初の感情は,「怒り」でした。何回もPET検査したのに,見つけた時は手術もできない。複数の医...

結腸がんの経過観察中に,膵臓がんが見つかりました。
最初の感情は,「怒り」でした。何回もPET検査したのに,見つけた時は手術もできない。複数の医師に,経過観察をお願いしていたのに,発見できなかった。
しかしながら,「怒り」は疲れるので,長続きしない。自分を納得させるメカニズムが働いたようです。「この病は,私の仕事だろう。ほかの人には背負えない。」と,反転して考えるようになりました。誰かに発生するがんならば,自分が罹ることで,ほかの人=家族・他人が幸せになる。「ダブルがん,上等」の心意気です。
腹が座れば,冷静に取り組めます。元気・快適な生活を延長すべく,抗がん剤治療を受けています。折々の治療判断に,トリプルAの心がけが入ってきます。勝俣先生のご指摘通りです。主治医の治療もトリプルAが基調で,信頼できます。
まだまだ動けますので,自分にできる家事は何でもやります。今でしかできない勉強もあります。病気・加齢を言い訳にして,暗く欝々として他者に頼る生活は,かっこ悪い。成長を続け,笑って「どうだ」と見栄を切って,最後の時を迎えたいです。

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