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イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常

yomiDr.記事アーカイブ

理不尽、不条理、不平等…そんな非常時にやるべきこと

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 今日は、5年前の津波の話です。僕は5年前の3月11日は、金曜日の午後なので、通常通りに大学病院で外来をやっていました。経験したことがないような揺れで本当にびっくりしました。また、大学病院が免震構造の新棟であったので、揺れはゆっくりと大きく、床の上に置いてある机やベッドが、ゆっくりと移動したことを覚えています。免震構造のため、人が 怪我(けが) をするようなことはありませんでした。その後は、テレビの中継で、どこで何がどの程度の規模で起こっているのかが徐々に判明してきました。東京都内の交通も寸断され、帰宅困難者の増加などが予想されました。幸い、自宅の電話は通じ家族の無事は確認できましたが、テレビは落下し、食器棚は倒れ、至ることころにガラスの破片が散乱しているということでした。今後に起こるであろう予想もできないような事態に対処するには、病院にいることが最良だろうと思っていました。

被災地救援の帰途、津波の恐ろしさ実感

 さて、次第に地震の概要が判明し、僕の人生では経験したことがないような大惨事だとわかりました。大学病院は救急救命の部署などもありますので、そちらは、消防庁からの要請などに応じて適切に対応しているはずです。僕ができることは何かを探しました。そして、僕が顧問をしている板橋区の公益財団法人の病院である愛誠病院に何かできることはないかとの発想に変わりました。そこで愛誠病院の有志を集めて、愛誠病院のバスで被災地を訪れる応援部隊を結成しました。このバスがスタッドレスタイヤではないので、応援に行く場所は福島と決め、そして福島の病院に電話をして救援が必要かを尋ねました。その病院からはもちろん応援に来てもらいたいとの要請があり、震災から3日後に福島に向かいました。お願いされたものは、まず飲料水でした。そして食料。また、医薬品などです。それらを満載して福島に向かいます。首都高速は通常通りに走行できましたが、一般車が通行止めの常磐自動車道は、救援用の許可証を前面に出しての走行です。高速道路が震災で凸凹しているので、こんなにも揺れるものかと思ったものでした。被災地の病院に救援物資を届けました。幸いにも重症患者の搬送などは終了しており、飲料水が確保できて、 安堵(あんど) されていた様子でした。いろいろと不要かなと思うものまで積んでいきましたが、それらも役に立ったようでした。医師としてのマンパワーは現、時点ではそれほど必要ないとのことで帰宅の予定にしました。その帰りに、ぜひ被災地を見てから帰ってもらいたいと言われ、海岸に向かいました。病院は海岸から離れた所にあり、地震の揺れによる損害はたくさんありましたが、津波の惨禍は全く感じられませんでした。ところが、海岸に向かうと、光景は一変します。津波より下は地獄、上は天国です。地震で倒壊した建物はそれほど多くなく、基本的に津波で建造物はすべてなぎ倒されていました。本当に津波の上と下で、天と地ほどの差があるのが実感できたのです。

生き残ったのなら、恩返しすべき

 医療を30年近くやってきて、「人生は、そして社会は、時に理不尽で、不条理で、不公平」と思っています。病気や外傷の患者さんと接すると、本当にそう思うのです。いままで平穏な毎日を送ってきたのに、突然に大変な病気に見舞われることもあるでしょう。突如災害に巻き込まれて怪我をすることもあるでしょう。医療の現場ではいつも各個人に理不尽、不条理、不平等が起こっています。大勢が怪我をすれば、誰を先に救うのかも、理不尽と思えることもあります。不条理と感じることもあります。救命処置をしてもいずれ死ぬであろう人は後回しにして、救命処置をして救命できる可能性が高い人を優先します。そんな行為をトリアージと呼びますが、その基準も、救命処置から外された人には、理不尽に映るでしょう。ほんの少し早く高台に辿り着いていれば、命の危険はありません。そして辿り着けずに懸命に 彷徨(さまよ) っている人を高見から見ることになります。それも不条理です。本当に、人生は運と縁だと思うのです。

 残された僕たちの使命は、理不尽にも生きることができなかった人の分まで生きることです。いずれ人は死にます。でも幸いにも命を永らえた者は、その恩返しをすべきです。なんでもいいのです。できることを。僕には医療があります。医療の範囲でこれからも、困っている人々を死ぬまで助けていきたいと思っています。そんな思いを強くした5年前です。そして、それを毎年思い出す3月なのです。

 人それぞれが、少しでも幸せになれますように。

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知りたい!_20131107イグ・ノベーベル賞 新見正則さん(1)写真01

新見正則(にいみ まさのり)

 帝京大医学部准教授

 1959年、京都生まれ。85年、慶応義塾大医学部卒業。93年から英国オックスフォード大に留学し、98年から帝京大医学部外科。専門は血管外科、移植免疫学、東洋医学、スポーツ医学など幅広い。2013年9月に、マウスにオペラ「椿姫」を聴かせると移植した心臓が長持ちする研究でイグ・ノーベル賞受賞。主な著書に「死ぬならボケずにガンがいい」 (新潮社)、「患者必読 医者の僕がやっとわかったこと」 (朝日新聞出版社)、「誰でもぴんぴん生きられる―健康のカギを握る『レジリエンス』とは何か?」 (サンマーク出版)、「西洋医がすすめる漢方」 (新潮選書)など。トライアスロンに挑むスポーツマンでもある。

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