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虹色百話~性的マイノリティーへの招待

コラム

第37話 大震災から5年

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あの日の思い出

 

 先週の3月11日で、東日本大震災から5年がたちました。読者の中にも、じつはご自身が被災した、家族や親しい人を亡くされた、あるいは原発事故のために故郷を離れた、という方がいるかもしれません。今なお癒えぬ悲しみや苦しみに、心からお悔やみ・お見舞いを申し上げます。

 あの日、私は中野区の自宅にいて、東京ではついぞ経験したことのない大きさの揺れに驚き、思わず外へ転がり出ました。電柱や電線が激しく揺れているのが目に入りました。聞いていたラジオの番組が緊急体制に切り替わりましたが(私はテレビを持っていません)、それが災害報道の始まりでした。

 私は自宅にいたので、あまり大変な思いをしませんでした。しかし、ゲイの友人・知人でコミュニティーの活動に関わっている人たちは、ちょうどその日、厚労省のHIV活動の研究発表会で都内の病院の大会議室に集まっていたとかで、その後、都心から遠くは横浜まで徒歩帰宅を余儀なくされた人もいました。仕事や就学で自宅を離れていた人は、みんな経験したことですが……。

 津波に襲われた被災地の比ではありませんが、東京の私たちも不安な夜を迎えました。印象的だったのは、新宿二丁目のゲイバーのマスターたちが店を開け、徒歩帰宅の途中で「休んでいけ」「朝までいていいよ」「自宅にいるのが不安だったら店においで」と、SNSなどで呼びかけていたことでした。素の自分のままで、心休まる一夜を過ごせた人もいたでしょう。

 SNSでは、被災地出身のゲイが地元にいる肉親の安否を気遣う悲痛なつぶやきが載るたびに、みんなが慰め励ましていました。津波が襲い連絡が取れないと書いていた人が、「連絡取れた、無事だった!」と書き込んだときは、「いいね!」の嵐が巻き起こりました。しかし、そんな書き込みもできない背後に、おびただしい数の悲しい現実もあったことでしょう。

 HIV陽性者が多いゲイのあいだでは、病院の受診ができず、毎日飲まなければならない抗HIV薬が底をつき、患者どうしで薬の融通をし合った話もあります。トランスジェンダーの人のホルモン注射にもおなじ心配があるかもしれませんね。

 たまにゲイバーで、「地震が起こったら(二丁目の)新宿公園でみんなで炊き出しよ!」「ヘンなもの握った手でおにぎり握らないでね」「キー、なに言ってんのよ!」など笑い話にしますが、「天災は忘れたころにやってくる」ということを、3月や関東大震災(1923年)が起きた9月、あるいは阪神淡路大震災(1995年)が起きた1月には思い出したいものです。

 

秘めた関係のなかで強いられる無言の別れ

 

 冗談はさておき、東日本大震災でのさまざまな困難のなかには、性的マイノリティーならでは、と感じられることもいくつかありました。

 性的マイノリティーはけっして都会の話ではなく、日本中、どこにだっています。話が不謹慎に聞こえるかもしれませんが、震災後、首都圏から三陸の寒村へボランティアに入った友人は、避難所で夜中に目覚め、何げなくGPS機能を使ったゲイ向け出会いアプリにログインしたら、おなじ避難所から複数のログインがあったと、土産話で語ってくれました。

 ただ、地縁・血縁の関係が濃い「地方」社会で、当事者たちの多くがそのことを固く秘め、けっして肉親にも地域にも知られないように息を潜めています。震災は、そうした地縁・血縁の関係が濃い「地方」社会が広がるエリアを襲いました。

 肉親や近隣に知られないようにして育んできた関係性――友人だったり、おなじマイノリティーだということを分かち合える関係だったり、なによりパートナーだったり――が、一気に断ち切られました。周囲に隠している手前、相手を探すことさえ言い出せない場合もありました。

 大災害のなかで、おびただしい数の死と別れがあったことでしょう。しかし、社会に性的マイノリティーへの理解がないなかで、自分の大切な人が亡くなったということさえ固く秘め、心の外に持ち出すことができなかった人がいます。ただでさえ、震災の極限状態のなかで追い討ちをかけるような秘密の思いは、本人をどれほど苦しめ、悲痛な思いをさせたことでしょう。

「私のパートナーはどこ? 彼(彼女)を見かけませんでしたか?」――思い切りそう叫んで大切な人を探す、そんな人間らしい姿は、まだ性的マイノリティーには遠いのでしょうか。

 

避難所での多様性尊重は可能か

 

 多くの人が避難所暮らしを強いられるなかで、トランスジェンダーのうち、日頃から異性装で生活している人、すでに性別適合手術も終えている人には、集団での起居はとりわけ苦しい思いがあったことは想像に難くありません。避難の疲れを癒やそうと多くの人が楽しみに待つ入浴サービスも、身体を他人の目にさらすことには激しい抵抗感があったのではないでしょうか。しかし、個別入浴の方法があったのかどうか……。

 援助物資の配分でも、下着や衣料品、場合によっては生理用品など、性別にかかわる物品について、不便があったと思われます。

 たしかに大災害の混乱のなかで、多数の人びとに最低限度の生存だけは保障しようとするとき、性的マイノリティーにまで配慮している余裕はない。みんなが我慢するように、あなたも我慢してほしい、という場合があるかもしれません。とはいえ、「いまは非常時。あとにせい」で押し通せるなら、多様性への配慮も民主主義の尊重も、しょせんは平和なときの言論人の慰みものにすぎないことになります。

 避難所での外国人・外国語、ペット同伴、食物アレルギー、宗教禁忌などへの対応も検討されるようになってきたと聞きます。性的マイノリティー、とくに性自認にかかわる少数派への対応について、知見の共有や検討が進むことを、首都直下型地震を控えている東京からも願っています。

 

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永易写真400

永易至文(ながやす・しぶん)

1966年、愛媛県生まれ。東京大学文学部(中国文学科)卒。人文・教育書系の出版社を経て2001年からフリーランス。ゲイコミュニティーの活動に参加する一方、ライターとしてゲイの老後やHIV陽性者の問題をテーマとする。2013年、行政書士の資格を取得、性的マイノリティサポートに強い東中野さくら行政書士事務所を開設。同年、特定非営利活動法人パープル・ハンズ設立、事務局長就任。著書に『ふたりで安心して最後まで暮らすための本』『にじ色ライフプランニング入門』『同性パートナー生活読本』など。

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1件 のコメント

LGBTをテーマにしたドラマをもっと

カイカタ

実際にカムアウトして社会変革を志すのは多くの人にとって無理があると思います。 もっとそんなドラマができるといいと思います。

実際にカムアウトして社会変革を志すのは多くの人にとって無理があると思います。

もっとそんなドラマができるといいと思います。

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