虹色百話~性的マイノリティーへの招待
yomiDr.記事アーカイブ
第31話 ゲイバーへようこそ
きょうは久しぶりに柔らか系のお話。
ゲイバーってどんなとこ
ゲイバーって、どんなイメージがありますか? ハデに女装したオネエさんが、「どんだけー」とか「ヘネシー1本入りまーす」とか、高いテンションで盛り上げてくれるお店でしょうか。たぶんそれは僕らが「観光バー」と呼び習わしているお店でしょう。
観光バーは、ノンケ(その
フツーのゲイバーは、そうしたお店よりはずっと地味な、とりたてて変哲もない飲み屋です。だから、楽しませてもらうことを期待するなら、お金をもって観光バーに行ったほうがいいでしょう。
やってる人も来てる客もゲイだという店は、ゲイが安心して素の自分をさらせる場所です。会社や客先ですべてカノジョに置き換えて話していたことも、ここではカレシに戻して語れますし、好きなタレントや俳優、ドラマや映画の感想だって、すべて正直に話すことができます。隣の客もそんな自分とおなじだし、マスターだって、もう世間に合わせるのは勘弁、と脱サラして店を開いた場合もあるのです。
仲間意識を共有しにくる場所なので、ゲイバーは酒を飲めない客も来られるようコーヒーやソフトドリンクをメニューに加えています。コーヒーを注文する客のために、お通しにショートケーキを用意している店も見たことがあります。
そして、世間をつかのま離れるときに使う言葉が「オネエ言葉」。バイリンガルのように言葉と(ジェスチャーがともなうことも)それにともなう思考法を変えて、会社や家族には見せない素の自分をひととき解放するのでしょう。
聞きかじりゲイバー史
ゲイがバーや喫茶店を経営し、ゲイの客がそんなマスターを慕って集まる店は戦前にもあったといいますが、ゲイバーの呼び名が定着し、社会の表面にも現れるようになったのは戦後、昭和20年代の後半ごろと考えられます。三島由紀夫『禁色』(1951年)には「ルドン」という名の、中井英夫『虚無への供物』(1964、作中の時間は1954年)にも「アラビク」というゲイバアが登場します。当時は秘密クラブ的な知る人ぞ知る場所で、客にはノンケ文化人や女性客もいたよう。その片りんは上記の小説のほか、美輪明宏『紫の履歴書』や野坂昭如『エロトピア』などでしのぶことができます。
そうしたゲイバーが「大衆化」するのは、1970年代に書店でも流通するゲイ雑誌が刊行され、広告が出るようになってから。それに先立ち売春防止法の施行でさびれた新宿二丁目の青線地帯にはゲイバーが進出し、いまの二丁目の原型が作られていました。
私がはじめて行ったゲイバーは、大学初年の1988年ごろ、参加したゲイサークルの仲間に連れていったもらったいまはなき「クロノス」でした。マスターの「クロちゃん」は越路吹雪の大ファンで、歌舞伎や映画に造詣が深く、その毒舌批評が名物でした。クロちゃんの鋭い批評と、その毒舌で自分をいじってもらうのも楽しみに、いろいろな年代の客が通っていました。編集者や書き手、演劇関係などノンケのお客さんも多い文化バーでもあり、クロちゃんの背後の棚にはよく著者からの献本が飾られていて、あるとき鷲田清一さんの本が飾ってあるのでそれを言うと、「あ、鷲田クン、東京来ると寄ってくれるのよ」と言われてビックリした記憶があります。本はかならず読んでいて、とても勉強家でした。また、歌舞伎といえば昭和50年代は歌右衛門や松緑、幸四郎(白鸚)、勘三郎(十七代)など黄金時代なのに客がはいらず、3階はガラガラ。「幕見で上がって、途中で柵を乗り越えても松竹の人、なにも言わなかった。あの柵の靴の凹みはみんなアタシたちがつけたのよ」と聞いた記憶があります。そのクロちゃんが60歳の若さで急逝したときは、図書館が一つ焼け落ちたような喪失感を感じたものでした。
ただ、こうした「濃い」お店は、昭和の香りとともにいまは少なくなったかもしれません。
ゲイバーへ行ってみるなら
ゲイバーは地方都市では繁華街に点在していたりしますが、東京ではいくつかのエリアに集中しています。新宿二丁目が代表的ですが、新橋、上野、浅草もゲイバーの多い地域です。新宿は若い人向けの店が多く、上野や浅草は年配が中心、新橋は3、40代を中心に会社帰りにスーツで飲んでる、といったイメージがあります。渋谷や池袋、中央線沿いにも若干数あります。
女性が入れる店もなくはなく、男性同伴が条件だったり、一人でも可能だったり、レズビアンならOKだったり、ノンケ女性でも大丈夫だったり、そのへんは分かれますが、これらは総じて「ミックスバー」と称されます。ガラスの天井に頭をぶつけたキャリアウーマンや失恋したばかりの純情乙女が、ゲイバーのマスターに慰められつつ涙をこぼしている図もよくあります。
国内外を問わず旅行に行けば、その地のゲイバーを訪ねてみるのは、やはりゲイの旅の楽しみです。土地の人ならではの情報はもちろん、ゲイがよく集まる温泉場なんて情報を得られたり、旅先でのアバンチュールに恵まれることもあるかもしれません。いまはネットで調べるのが通常ですが、往時は「男街マップ」(国内のゲイバーガイド)とか、「スパルタカス」(各国主要都市のバーやゲイスポットの英語版ガイド)をもってゲイは旅行に行ったものです。逆にいまや新宿二丁目も、中国語や英語の聞こえない日はないといいます。
あなたがノンケで、けっして観光的な気持ちからでなく、「ノンケですけどいいですか」「女性ですが入れますか」という姿勢を見せれば、多くのバーは歓迎してくれるでしょう。断られたら、お店のスタイルを尊重してあげてください。
新宿の場合、1杯目とテーブルチャージ(お通しがついてくる)で1300~1500円、2杯目からは800円~。他の街よりけっして高くはないはずです。1杯で粘るのはあまりみっともいいものではありません。「マスターも1杯どうぞ」と、自分がよけいに飲めない分をおごる人もいます。
隣り合わせた人に「よく来るんですか?」あたりから始めて、会話を楽しむのがゲイバースタイル。スタッフ(
じつは私も毎週木曜、二丁目のあるミックスのゲイバーでスタッフをする「素人店子」(かわいくないけど)。お問い合わせくだされば、教えてさしあげてもよくってよ(笑)。
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コメントありがとうございます。
上野や浅草は、新宿とは一味違って、年齢層も高めで、でもそんなおじさんたちが、社会的地位や家庭(ご結婚されている人もいます)も忘れて、ひととき素の自分に返って楽しんでいる、そんな雰囲気に感化されたのではないでしょうか?
それは一面、社会で表に出せない、痛みを知る者どうしの優しさで、もし社会でゲイが当たり前になって、ゲイバー自体が不要になれば、そんな雰囲気も時代とともに過去の遺物になるのかもしれませんが、
でも、それまではこうした人情酒場のような場所も、まだまだ大事にしたいと私は思っています。
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誘われて最近上野のゲイバーに行きました。私は仕事で50代の頃新宿2丁目に行きましたが、あまり面白くもなく、いわゆるノンケだったようで。 今回も後...
誘われて最近上野のゲイバーに行きました。私は仕事で50代の頃新宿2丁目に行きましたが、あまり面白くもなく、いわゆるノンケだったようで。
今回も後ろからノコノコついてゆきましたが、年もとって人生の最後の楽園かなと考えていたりしたので、その親しみやすい雰囲気にドーンと気分が爆発しました。
これは何故か、と考えていますが、いまだに自己分析が出来ません。兎に角面白い雰囲気で、いわゆるバーカウンターが有っても、そこで働くバーテンダーと客の関係ではない事は確かです。
遠い昔の記憶を思い起こさせ、かつその思い出に浸りながら元気をもらい、明日の活力をもらい、前向きになれるのです。何でだろう。
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