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ケアノート

医療・健康・介護のコラム

[岸見一郎さん]良好な親子関係が土台…「アドラー心理学」で穏やかに

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[岸見一郎さん]良好な親子関係が土台…「アドラー心理学」で穏やかに

「親の介護では、感謝されなくても役に立っている自分の価値を、自分で認められるといいですね」(東京都内で)=繁田統央撮影

 ベストセラー「嫌われる勇気」で知られる哲学者の岸見一郎さんは、認知症の父、秀夫さんを約4年間介護しました。自身が研究しているアドラー心理学の考え方が、介護生活を穏やかに送る助けになったといいます。

近所に呼び寄せ

 残高不足でクレジットカードの決済ができない、駐車場で車をぶつけた、散歩に出て帰ってこられない――。滋賀県で一人暮らしをしていた父に異変が起きたのは2008年秋のことでした。当時80歳。後にアルツハイマー型認知症と診断されました。

 私は京都府亀岡市のマンションに妻子と住んでいました。ちょうど心臓のバイパス手術を受け仕事を減らしていた時期だったので、時間に融通が利きました。

 そこで、マンションから歩いて15分ほどの場所に父を呼び寄せることにしました。

 介護保険の認定を受け、訪問看護やヘルパーさんの助けも借りながら、介護生活が始まりました。

 朝から夕方まで父と過ごし、食事を作って食べさせ、トイレの介助やおむつの交換をしながら、原稿書きなどの仕事をこなしました。

 介護中は、イライラして感情的になってしまうことがあると思いますが、私は比較的穏やかに過ごすことができました。それは、私がアドラー心理学を研究し、対人関係の悩みを解消する考え方を身につけていたからです。

相手に「お願い」

 アドラー心理学は、オーストリア出身の精神科医、アルフレッド・アドラーが創始した。人は「原因」ではなく、自らの「目的」によって行動する。過去や周囲がどうであれ、自分が変わろうと思えば変われるとする考え方だ。

 例えば、私自身にもこんなことがありました。父が起きてきて「飯にしよう」と言います。原稿に集中していたので、「まだ昼まで15分ある。少し待ってくれへんか」と言うと、「細かいことにこだわるやつだ」。ついカッとなり、「ちょっとぐらい待ってくれたっていいじゃないか」と怒ってしまいました。

 アドラー心理学でいうと、この怒りは父の言動が原因ではなく、父を15分待たせるという目的のために、私が作り出した感情なのです。

 感情で相手を思い通りにしようとしても、反発を招くだけです。仮に父を待たせることに成功したとしても、お互いにしこりが残る。

 それより、すぐに昼食にした方が、父との関係が良くなり、私自身も気分が良くなる。午後の仕事もはかどります。

 怒りをぶつけたくなった時、相手とどんな関係を築きたいのかを考える。行動を支配するのではなく、相手に「お願い」する。聞くか聞かないかは相手が決める。これを実践するだけで、感情的になる頻度は確実に減らせます。

対等になれた

 10年6月、秀夫さんは自宅での生活が難しくなり、老人保健施設に入所した。

 もっと家で過ごさせたかったと思う一方で、ホッとする気持ちもありました。週に1、2回会いに行くと、大勢の職員に接して刺激を受けたのか、一時は認知症の症状が改善したようにも見えました。

 年老いた親は、いろいろなことが出来なくなります。子どもは昔の親を覚えているから、つらい。でも、いつか別れの時がくるのだと考えれば、生きていてくれるだけで、ありがたいと思えました。

 しかし、狭心症と肺気腫が次第に悪化し、12年12月に入院。翌年2月の深夜、危篤の連絡を受けて駆けつけると、父の意識はありませんでした。妻と見守る中で、静かに息を引き取りました。穏やかな表情に 安堵あんど しました。

 実は、若い頃の岸見さんは、秀夫さんと険悪な関係だったという。長い年月をかけ、関係を修復してきたことが介護の土台となった。

 父は、学校を卒業後すぐに就職し、一つの会社を勤め上げたサラリーマン。研究者を目指して大学に残り、いつまでも就職しない私を、理解できなかったようです。

 私が25歳の時、母は脳梗塞で急逝しました。私が結婚するまで半年間は、父と2人きりの暮らしとなり、空気が凍り付くような気まずさがありました。

 その後、父は私の著書を読み、少しずつ認めてくれるようになりました。定年退職してからは、私のカウンセリングも受けてくれました。「父」「息子」という役割の仮面を脱ぎ、初めて対等になれた気がします。父を大切な友人だと考えることで、良好な関係を保てるようになりました。

 そんな父が認知症になり、記憶を失っていくのは、私の過去まで消えてしまうような悲しさがありました。

 人間の不幸は、過去を後悔し、未来を心配することから来ています。認知症の人は、毎日リセットするわけですから、ある意味理想の生き方かもしれません。

 人が老いるとはどういうことか。介護を通じて父が教えてくれたと思っています。(聞き手・森谷直子)

  きしみ・いちろう  1956年、京都府生まれ。専門の哲学と並行して、89年からアドラー心理学を研究。日本アドラー心理学会顧問を務める。同心理学を対話形式で解説した2013年の共著「嫌われる勇気」がベストセラーに。近著に「老いた親を愛せますか?」「幸せになる勇気」。

 ◎ 取材を終えて  相手の言動にイライラしたり怒りを感じたりして、感情的になってしまう。これは介護だけでなく、夫婦関係や子育てにもあてはまることだと思う。家族という距離は近すぎて遠慮がなくなってしまうのか、大切な友人には決して言わない言葉を投げつけ、関係を悪くしてしまう。配偶者や子どもとも、いつかは別れの時が来る。だから今、共に過ごす時間を大切にしたいという岸見さんの言葉に深く共感した。

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