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認知症の当事者団体共同代表、藤田和子さん

編集長インタビュー

藤田和子さん(4)今をより良く生きること 未来へつなぐ

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認知症の当事者団体共同代表、藤田和子さん

 

藤田和子さん(4)今をより良く生きること 未来へつなぐ

「認知症の人が希望と尊厳を持って生きられる社会の実現を」と語る藤田さん

 看護師として働いた経験が長い藤田さんは、診察室から「藤田さん」と呼ばれた時、「立場が逆転した。自分は、看(み)てもらう側になった」と思ったという。

 「今まで、患者さんに『○○さん、診察室へどうぞ』と声をかけていた私が、アルツハイマー病の人として、診察室に入る立場になった。でも、そうなると、気付くことも多くありました。例えば、問診票を書くことがありますが、あの紙を1枚書かなくちゃならないと思うだけで、頭がいっぱいいっぱいになる。また、一人で診察の順番を待っているだけでも、とても不安になってくるのです。さらに、待ち時間が長くなると、待合室にいる人たちの会話、テレビの音が聞きたくもないのに頭に入ってきて頭痛がする。その状態で診察室に入ると、先生の問いかけに言葉が出なくなってしまうこともありました。そういった経験があるので、待っている間に『あと○分ぐらいですよ』と声をかけてくれたり、問診票を一緒に確認しながら『書く』作業を引き受けてくれたり、医師の話のうちポイントとなる点は記録して渡してくれたりといった気配りがあったらいいなと思うのです」

 実際、医療現場では、認知症のある本人ではなく、付き添う人に向かって話をしがちだという。診察でのやり取りは、本人の今後の治療や生活に大きな影響を与える大事な機会なのに、本人不在になってしまうことも多い。

 「本人の話したいことと、家族の話したいことは、同じこともあれば違うこともあります。それぞれの思いや考えを、それぞれに尋ねていただけることが、これからの生活をより良くつくっていくことにつながると感じます」

 藤田さんが全面的な信頼を置いている主治医との付き合いは8年に及ぶが、当初は「もの忘れはどうですか?」と問いかけられることが多かった。

 「もの忘れが何回あって、どんなことを忘れて困ったのかは、問われれば答えますが、認知症を抱える本人としては、普段の生活の中で困ったことや不安だったことを話したい。だから、そのことを一生懸命伝えました。そのうち先生は『どうでしたか?』という大まかな問いかけをされるようになりました。先生に聞いてもらえていることを実感できると、『こんなことを伝えよう』『先生に話したい出来事を覚えておこう』という意識が働きました。認知症とともに生きる感覚を医療者に知ってもらうことは、看護師としての私の使命だと考えたのです。私は私一人の経験でしかものを言えませんが、先生や看護師さんたちが、別の認知症の人の診察に生かしてくださるだろうと期待する気持ちもありました」

 藤田さんの場合、病院に通うのは2~3か月に1回。当然、医療との接点は、日常生活のごく一部に過ぎない。医療だけでなく、社会の支援が必要になる。

 「健康な時は、誰もが自分が認知症になるということを想定しにくいし、認知症になってからも生活が続くということを考える機会もないと思うのです。子育て中の人や働き続けることが必要な人が認知症になれば、おのおのの問題がのし掛かってくるわけですが、その対策は十分とは言えません。認知症になってからもこれまで通りの生活が送れるように、医療や福祉、介護の領域だけでなく、生活に関わるあらゆる分野の人たちに考えてほしいのです。例えば、認知症になってからも外出を続けたい人も多いのですから、バスや電車、飛行機、タクシーなど公共交通機関もそのひとつです」

 認知症の高齢者ドライバーによる運転死亡事故が話題となる中、昨年6月には道路交通法が改正された。75歳以上のドライバーが、免許更新時の認知機能検査で「認知症のおそれ」と判定された場合、医師の診断が義務づけられ、正式に診断されれば、免許取り消しなどになる。

 「海外では、アルツハイマー病と診断されても運転できる状態と認められた場合、免許を持ち続けることができる国もあるそうです。運転免許に限らず、認知症になってからも暮らしやすい社会を作るという視点で、議論していけるといいと思います」 

 早い段階で適切な治療や支援があれば、これまでと同じように、本人らしい生活を送ることが可能な場合もある。しかし、これまでは、認知症といえば、排せつや徘徊(はいかい)の問題がことさら強調されるなど、進行して大変な状態ばかりに目が向けられがちだった。認知症になっても生活の質を保つ社会のあり方は、議論が始まったばかりだ。

 「医学の進歩もあり、早期発見が進む今、初期の課題を丁寧に考え、対処していくことで、その人のその時の生活も、その後の人生も全然違ったものになる可能性は高いのです。また、そのことで、結果的に医療や介護の予算軽減につながる可能性があるとも聞きます。認知症の人が800万人と言われる時代なのですから、そこをしっかりと考えていきたいのです」

 診断を受けてから8年半がたち、少しずつ薄紙を重ねるような変化を感じている。ご飯を家族のためにいつまで作れるだろうか、いつまでこの活動が続けられるだろうか――。不安を挙げればきりがなく、マイナス思考に陥ることもある。でもそんなことを考えていても仕方がないので、できる限り、「今をより良く生きること」を考えるようにしている。

 「様子をみながら、毎日の生活に多少の負荷をかけるようにして、今できることが継続できるように、自分なりの努力を続けています。その積み重ねで、生活の質は保つことができていると思います。認知症になる前に戻りたいとは思っていません。今ある幸せを感じて暮らしています。一緒に活動をしている若年性アルツハイマー病の仲間に、先日、『藤田さんが頑張ってくれていたから、僕たちが生きやすくなった』という言葉をもらって、うれしかった。次の人たちに道を拓(ひら)いたと感じたのです。こんなふうに取材に来てもらって、私の言葉を広めようとしてくれるなら、私のやってきたことにも意味があるのかな、社会に必要とされているのかなと思えるのです。病気の有無が幸せであるかどうかを決めるのではなくて、『自分自身を大切に思えるか』『他者から大切にされているか』『希望があるか』ということで決まるのではないかと思うのです」

 これからも、できる限り、家族のためにご飯を作り、一緒に楽しい思い出を作り、愛犬の世話をする生活を続けたい。そして、認知症の本人としてできる活動を少しでも長く続けたい。

 

 「孫の七五三などの記念写真を見て、具体的なことは覚えていなくても、ああこんなことがあった、あんなこともあったと気分が明るくなったりする。記憶しているかどうかにとらわれなくても、思い出が今を作っているんです。認知症の人が希望と尊厳を持って生きられる社会の実現を目指して、火を灯(とも)し続けたい。私たちが動き続けることが、未来を作るのだと思っています」

(終わり、次回は3月掲載になります)

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岩永直子(いわなが・なおこ)

1973年、山口県生まれ。1998年読売新聞入社。社会部、医療部を経て、2015年5月からヨミドクター担当(医療部兼務)。同年6月から2017年3月まで編集長。

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