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虹色百話~性的マイノリティーへの招待

コラム

第34話 ゲイ雑誌の今昔

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ゲイライフのガイドマップ

 

 先日、『 G―men 』(メディレクト)というゲイ雑誌の 休刊が報じられました 。 これで定期刊行され書店配本されるゲイ雑誌は、『 バディ 』(テラ出版)および『 サムソン 』(海鳴館)の2誌となりました。私がゲイ雑誌を知り、利用(愛読)していた80年代後半から90年代には、7誌並立という時期もあっただけに、一抹の寂しさは禁じ得ません。

 

 ゲイ雑誌は、一誌で同性愛に関する情報が総合的に得られる便利ツールであり、ゲイコミュニティーへのガイドマップです。グラビア、イラスト、小説、漫画、ゲイビデオの新譜紹介、ゲイバーはもとより男性向け風俗施設やバラエティーショップの広告……ハードなものからソフトなものまで、エロチック情報が満載。

 書店で偶然見つけたゲイ雑誌の、他の雑誌とは雰囲気の違う表紙に () かれて思わず手に取り、開いて目に飛び込んできたグラビアの男性の肢体。思わず脳天を射られるような衝撃を覚え、「大変なものを見てしまった」という驚き。書店員の刺すような視線を感じながらようやくの思いで買ったゲイ雑誌をむさぼり読み、これこそが自分が求めていた欲望の正体なのだと知った恐怖とも 安堵(あんど) ともつかぬ思い……。一定年齢層以上のゲイには、ほろ苦く思い出されるのではないでしょうか。

 ふとんの下や引き出しに隠していたゲイ雑誌を親に見つかるのは「ゲイばれの王道」。悪童が拾ってきたゲイ雑誌が教室で回し読みされ、「気持ちわりー」などの声に複雑な思いで声を合わせていた一コマなど、悲喜こもごもの思い出もあるようです。

 

 しかし、ゲイ雑誌はエロ情報ばかりではありません。ゲイにかかわる映画や書籍の紹介、話題や芸能ゴシップのゲイ視点での拾い読み、ゲイコミュニティーのイベントレポート、コラムやエッセー、さらに同性婚など社会の動き、ゲイのライフプラン情報、HIVや性病への啓発記事、各種の電話相談の案内など、ゲイライフのエッセンスを一冊に詰め込んだのがゲイ雑誌です。

 さらに、インターネット登場以前、ゲイ雑誌の文通欄がゲイたちの重要な出会いツールでした。編集部経由で送り、出したことさえ忘れていたころに届いた手紙から始まる出会いは、いまの人から見れば和歌のやりとりで恋を始める平安貴族もかくやの悠長さでしょう。「エッチな写真」をねだられ、写メもない時代、高価なポラロイドカメラを買ったり、夜中に駅前のスピード写真で脱いだという武勇伝も、ゲイバーで笑いながら聞いた気がします。

 

ゲイ雑誌の流れ

 

 戦後、SMや「変態性欲」ものを載せた扇情的なカストリ雑誌には、男性写真や男色小説も時折り取り上げられていたといいます。そして1952年に会員制で発行された同性愛雑誌『アドニス』が、本邦最初のゲイ雑誌とされています。小説家・中井英夫の恋人でもあった田中貞夫が編集にかかわり、中井のほか、歌人・塚本邦雄や三島由紀夫らも変名で寄稿するなど、語られざる文学史でしょう。

 60年代、一般誌の『風俗 奇譚(きたん) 』が創刊され、男性同性愛の専用ページも常設。こうした風俗雑誌の小説・実話、写真、イラスト、文通欄、読者欄、広告による情報といった構成が、のちのゲイ雑誌にも引き継がれました。

 71年、ゲイの代名詞ともなった『 薔薇(ばら) 族』創刊。トーハン・日販など取次により全国流通する初の同性愛専門雑誌であり、編集長の伊藤文学氏は異性愛者ながらメディアでもしばしば「ゲイの代弁者」を務めます。

 

 私がゲイコミュニティーにかかわりはじめた80年代後半は、この『薔薇族』のほかに、男臭いシチュエーションの小説やイラストが売りの『さぶ』(74年)、都会的なセンスで若い世代に人気のあった『アドン』(74年)、東郷健氏が主宰する『ザ・ゲイ』(81年)、太め系中年モデルに特徴のある『サムソン』(82年)がありました。

 『アドン』編集長の南定四郎氏は、日本のゲイ解放運動にも大きな役割を果たした人です。欧米のリベレーション運動に冷淡だった『薔薇族』と対照的に、積極的に海外情報や啓発的記事を載せるほか、国内各地のグループにもページを提供し、インターネット以前の情報交流や運動の活性化に多大な貢献がありました。

 

 ここに90年代のゲイブームの新風を受けて創刊されたのが『バディ』(94年)です。それまでの「同好の士のための (ひそ) かな雑誌」といった内向きな姿勢を反転して、ゲイとしての自分や欲望を肯定しつつ、アドン的ゲイリブ臭は抑えた「僕らのハッピーゲイライフ」路線は圧倒的共感を呼び、一躍トップに躍り出ます。文通欄は1500名の掲載を誇り(それが指標になった時代です)、編集部からはマツコ・デラックスや女装パフォーマーのブルボンヌらの奇才も輩出しました。また、バディでは食い足らない男臭い部分へのニーズに応えて『ジーメン』(95年)が創刊され、こちらも人気を博します。

 一方、入れ違うように96年に『アドン』、02年に『さぶ』、そして04年に『薔薇族』が休刊。この10年は『バディ』と『ジーメン』、そして独特のジャンルに孤塁を守る『サムソン』の3誌 鼎立(ていりつ) が続いてきましたが、ついにその一角が崩れたのです。

 

ゲイ雑誌が紡いだ公共圏

 

第34話 ゲイ雑誌の今昔

私の手元に残る1986年9月号の『アドン』の誌面から。読者の手紙、イラストのメッセージには、おなじゲイである仲間への思いがこもっています。ちなみにこの号は、私が初めて買ったゲイ雑誌。なぜか今まで持ち回ってしまいました……。

 ゲイ雑誌に限りませんが、在庫と流通という2大物理条件に縛られる紙メディアは、とかく存続が難しい時代です。おまけにエロ情報はネットで無料で入手でき、かつて文通欄が担った出会いへのニーズも、ネットやアプリにとっくにその座を奪われています。

 さらに以前であれば、ジャニ系、ガチむちマッチョ系、おやじ系ぐらいの大雑把なジャンル分けでくくれた読者ニーズがいまや「多様化」の極に達し、総合誌としてのゲイ雑誌自体が存立不可能。今後は細かくセグメント化された同人誌、あるいはネットサイトが、できては消えを繰り返すのかもしれません。

 かつてゲイ雑誌の読者の手紙コーナーの一つひとつにうなずいたり笑ったり驚いたり心配したり、ときに応酬が起こったり、文通欄のプロフィールにまだ見ぬ人を思って胸を躍らせた時代。毎月購読する雑誌から、ゲイとはなにか、自分は誰なのかを知り、考えたあのころ。そこには雑誌の読書体験を通じた、ある広がりと一定の持続性をもった公共圏が形成され、「ゲイコミュニティー」という存在とその温かさを信じさせてくれた気がします――少なくとも私にはそうでした。過去を美化しすぎているかもしれませんが。

 

 近年、メディア社会学や雑誌分析も盛んですが、ゲイ雑誌についての研究があったら読んでみたいな、と思っています。ご存知でしたらお教えください。

 

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永易写真400

永易至文(ながやす・しぶん)

1966年、愛媛県生まれ。東京大学文学部(中国文学科)卒。人文・教育書系の出版社を経て2001年からフリーランス。ゲイコミュニティーの活動に参加する一方、ライターとしてゲイの老後やHIV陽性者の問題をテーマとする。2013年、行政書士の資格を取得、性的マイノリティサポートに強い東中野さくら行政書士事務所を開設。同年、特定非営利活動法人パープル・ハンズ設立、事務局長就任。著書に『ふたりで安心して最後まで暮らすための本』『にじ色ライフプランニング入門』『同性パートナー生活読本』など。

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2件 のコメント

ひとつの流れ…

たかし

いわゆる、レズビアン・ゲイ解放運動という文脈とは別にゲイの主体化を促した流れのひとつとして記憶されるでしょうね。 ゲイリベレーションやLGBTア...

いわゆる、レズビアン・ゲイ解放運動という文脈とは別にゲイの主体化を促した流れのひとつとして記憶されるでしょうね。

ゲイリベレーションやLGBTアクティビズムに否定的なゲイもいます。俺たちは同性婚など必要としない、なぜならゲイライフが充実してるからだと言います。しかし、ゲイが一過性のものでも、いずれは異性と結婚して卒業するものでもない、という発想それ自体が90年代の産物であり、運動の成果だとも、言えるかも知れず、そこに果たした新生ゲイメディアの働きは見逃せないでしょう。

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カイカタ

ネット全盛でも存在感があるため、それなりに信頼できて、写真はパソコンより見やすい媒体だから、いつまでも支持したい。

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