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がん診療の誤解を解く 腫瘍内科医Dr.勝俣の視点

コラム

がんサバイバーの時代 ~「がんを克服した」はやめましょう~

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 「私はこうやってがんを克服した」

 「がんはこうやって克服する」

 ネットなどを見ていますと、このような情報があふれています。

 私は、この「がんを克服する」という言葉に、がんの専門家として、大変、違和感を覚えます。

がんは克服できる病気?

 がんは、克服できる病気なのでしょうか?

 作家のなかにし礼さんは、2012年に食道がんと診断されました。

 先進医療の陽子線治療を受け、がんはいったん消失しました。

 その当時、マスコミは、

 「陽子線で食道がんを克服した!」

 と一斉に騒ぎ立てました。

 しかし、なかにしさんのがんは、2年半後に、リンパ節に再発、その後、なかにしさんは、手術や抗がん剤を受けました。

 医学的に言うと、なかにしさんの食道がんは、陽子線でいったん消失したかのように見えましたが、実際には、ミクロレベルのがん細胞が残っていて、それが後になって、再発となって現れたということです。

 このようにがんという病気は、いったん消えたかのように見えても、再発・転移を繰り返すことが特徴なのです。

 手術や放射線治療でがんをいったん消失させることは可能ですが、その時点で、「治った」とは言えません。まだ、ミクロレベルのがんが潜んでいる可能性があるからです。ましてや、「克服した」とも、決して言えないということになります。

 「克服」とは、困難に打ち勝つこと、と辞書にはあります。

 そもそも、がんに勝ち負けがあるのでしょうか。

 病気に勝ち負けがあるのでしょうか。

 がんが再発しなかった患者さんが、「勝ち」で、

 がんが再発・進行した患者さんは、「負け」なのでしょうか?

 がんが再発しても、がんとしっかり向き合って、立派に生活してらっしゃる患者さんがいます。このような患者さんも立派にがんを「克服している」と思います。

 がんが再発していないことの意味で、「がんを克服した」と言うこともおかしなことです。

がんは何年経っても再発する

 がんの治療成績を、5年生存率の数字でよく表します。

 がんは、5年を過ぎると再発率が減るので、がんの生存率は、おおまかな目安として、治癒率の基準として使われることがあります。

 しかし、5年を過ぎたからといって、絶対再発しない、というわけではありません。

がんは何年 () ってからでも再発します。

 乳がんなどは、長い年月を経てから再発をするがんの代表でもあります。

 私の経験した患者さんでも、手術後35年してから、乳がんが再発した方がいらっしゃいます。

 また、他のがんの例では、早期胃がんで手術後、15年目に骨転移が見つかった患者さんがいました。

 最近、国立がん研究センターは、がんの10年生存率を出しました(注1)が、10年生存率というのも、治癒率と全くイコールというわけではなく、あくまでもおおよその目安ということになります。

がんが再発する原因

 がんが再発するとは、どういうメカニズムなのでしょうか?

 初回の手術や放射線治療で、いったん、画像診断上はがんを消失させることができます。

 がん細胞は、血管やリンパ管の中に入り込む性質があり、局所的な治療で、がんが消失できたかのように見えても、ミクロレベルで、がん細胞が潜んでいる可能性があります。血管やリンパ管は全身にはりめぐらされていますので、がん細胞が全身にめぐり、それが長い年月を経てから、他の臓器へ転移となって見つかることがあります。

 これを再発と呼びます。

 再発はどんながんでも起こることです。

 どんながん治療をしても、絶対再発しないということはありません。

 また、100パーセント再発を予防できる手段も定まっていないのが現状です。

 このように、がんの性質、がん治療の現状からしますと

 「がんを完全に治した」

 ということは、医学的にもあり得ないこととなります。

 もちろん、がんを克服する、がんを制圧するための、あらゆる試みは、現在でも、また、今後も続けられることと思います。

 また、患者さんの「がんを克服したい」という願いを否定したいというわけではありません。

がんサバイバーの時代

 海外では、がんで治癒した人、再発した人を区別しないで、がんと診断された人すべてを「がんサバイバー」と呼んでいます。

 上記で述べたように、「がんの治癒」という言葉は絶対ではありません。また、がんが消失している状態、再発していない状態だからといって、医療上のケアが全く必要なくなるというわけではありません。

 がんの初期治療が終了した患者さんは、いつ起こるかわからない再発への不安、手術や抗がん剤などの初期治療の後遺症、社会復帰に向けた就労の問題など、精神的問題、身体的問題、社会的問題など、取り組むべき様々な問題があります。

 また、このような問題に対するケアは、再発していない患者さん、がんに現在かかっている患者さんと区別するものではありません。

 がんと診断された患者さんは、がんが消えていようが、消えていまいが、同じように、精神的苦痛を抱え、身体的・社会的問題をもつため、区別することなく、同様なケアが必要であるということです(注2)。

 こうした理由から、海外では、「がんサバイバー」の概念が生まれました。

がんサバイバーとは?

 「がんサバイバー」とは、がんの診断を受けたすべての人と、定義されます。

 この概念は、1986年に米国で生まれました(注3)。

 がんの診断を受けた人は、生涯を全うするまで、がんサバイバーであり、再発するかしないか、治ったか治らないかは関係ありません。

 これは、がんの治療後に長期生存した人だけをサバイバーとする古い考えと異なった概念です。

 “Survive”という単語を辞書で引いてみると、

 ラテン語が語源であり、“Sur”は、「超えて」という意味で、それに、「生きる」という意味の文字を組み合わせてできているそうです。

 つまり、サバイブとは、「超えて生きる」という意味になります。日本語の直訳ですと、「生き延びる」となりますが、それとはちょっと違ったニュアンスがあると思います。

 先日、ある講演会で、乳がんのサバイバーの方のお話を聞く機会がありました。

 その方は、30代で右乳がん、40代で左乳がんを発症されました。

 ご自身が乳がんになった体験を次のようにお話しされました。

 「私は、今まで、がんを治そう、治そう、克服しようとばかり考えてきました。でも、それはつらく苦しい闘いでした。がんから、いつも逃げようとしていたからです。がんサバイバーという言葉を知り、今では、私は自分が、がんサバイバーだと言えるようになりました。がんサバイバーとは、上乗せの命を生きること、新しい命が付け加えられる、命の新しい段階であり、今を感謝して生きること。マイナスからプラスの考え方でなく、プ ラスからプラスに考えられることを学びました」

 あらためて、がんサバイバーとは、良い言葉だなと思いました。

がんサバイバーの時代~「がんを克服する」はやめよう~

 我々が目指すべき現代のがん医療は、がんが、治るか治らないか、克服するか克服しないか、ということではなく、誰もががんになる時代に、がんを知り、より良く生きること、がん患者が安心して暮らせる社会をつくることだと思います。

 がんサバイバーの概念は、海外では、がんと診断された人だけでなく、その家族、介護者も含めて広く定義されています。

 がんサバイバーが、診断や治療を受けながら生きていくプロセス全般を、「がんサバイバーシップ」と呼びます。「がんサバイバーシップ」に対する取り組みは、日本では大幅に遅れてきました。

 2013年4月、国立がん研究センターに、「がんサバイバーシップ支援研究部」が設立されましたが、まだまだ、日本全国的には、がんサバイバーに対する社会的認識や、支援体制、また、研究においても、大変遅れているといっても過言ではありません。

 がんと向き合っているサバイバーの方たちを、克服した、克服しない、治った、治らない、と区別するのではなく、がんサバイバーの方を、優しく応援するような 素敵(すてき) な社会に一緒にしていきませんか?

参考

1.国立がん研究センター. 全がん協加盟がん専門診療施設の診断治療症例について10年生存率初集計. 2016: http://www.ncc.go.jp/jp/information/press_release_20160120.html .

2.がんサバイバー – 医学・心理・社会的アプローチでがん治療を結いなおす – Kenneth D. Miller (編集), 金 容壱 (原著, 翻訳), 勝俣 範之 (翻訳), 大山 万容 (翻訳) 医学書院2012年

3.全米がんサバイバーシップ連合; National Coalition for Cancer Survivorship: NCCS. 1986: http://www.canceradvocacy.org/ .

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katsumata

勝俣範之(かつまた・のりゆき)

 日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授

 1963年、山梨県生まれ。88年、富山医科薬科大卒。92年国立がんセンター中央病院内科レジデント。その後、同センター専門修練医、第一領域外来部乳腺科医員を経て、2003年同薬物療法部薬物療法室医長。04年ハーバード大学公衆衛生院留学。10年、独立行政法人国立がん研究センター中央病院 乳腺科・腫瘍内科外来医長。2011年より現職。近著に『医療否定本の?』(扶桑社)がある。専門は腫瘍内科学、婦人科がん化学療法、がん支持療法、がんサバイバーケア。がん薬物療法専門医。

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私も、ソーシャルワーカーと緊急に会い、退院後に備えて介護保険の手続き、訪問看護ステーションの選択などに追われている。
ガンサバイバーという言葉はこの記事で初めて知ったが、母は自分でできることは自分でするということで、自分をしっかり持っていたように思う。
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