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寒竹葉月~男に生まれ女として生きる~

yomiDr.記事アーカイブ

(1)性同一性障害のトビラ ~普通と普通の違い

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 「はじめまして」

 自己紹介する時、私にはいつも言う言葉がある。

 「寒竹かんちく葉月はづき、ニューハーフです」

 「ニューハーフ」という言葉は俗語で、正しくは性同一性障害なのだが、私は長い間こういう自己紹介をしてきた。

 自分が何者なのか探していた幼い頃、テレビの中に映っていた人たち。

 その答えが「ニューハーフ」で、自分自身の存在がやっと理解できたから。

 2010年に性別適合手術を受け、戸籍変更をして私は「女性」になった。

 母と2人の姉のいる家族の長男として生まれ、心は女として身体と性の不一致を持って生き、男としての身体に嫌悪感を持ち続けてきた。母に聞くと、小さい頃の私は姉のスカートを穿きたがり、ズボンを嫌がったらしい。小学生の低学年の頃から、自分の「あたりまえ」は、他の人が見ると「おかしい」のだと少しずつ違和感を覚えていた。

 友達が持っているオモチャや洋服を欲しがると、周りは不思議な顔をする。その友達は「女」で、私は「男」。今思えば、周囲の反応は普通なのだろう。ただ私にとっての同性の友達は「女の子」だった。どうしたら周囲に「自分にとっての普通は今のまま」なのだとわかってもらえるか悩んでいた。

 だけど、私が幼い頃は、今のようにスマホもなければインターネットもなかった。自分がなぜ周囲の思う普通とは違うのか、自分には何が起きているのかわからなかった。「性同一性障害」という情報を得られなかった。

初恋で知った、周囲との違い

 そして小学4年生の時、自分は人とは決定的に違うということを確信する出来事に出合う。「初恋」だった。相手は同じクラスに転校してきた男子。彼のことが好きだと自覚した時、友達に相談した。その次の日の朝、教室に入ると空気が変わった。男子が「お前オカマやったんやな」と私に言った。誰かを好きになることがおかしいことだとは思わなかった。好きになる相手が周囲からすればおかしいことなのだとは。自分の中で何かが崩れたと同時に、「自分はみんなと違う」と確かに感じた。

 それからの私は、見えない「普通」と闘っていた。周囲が見る「男」としての私。ありのままの「女」としての自分。身体は「男」で心は「女」。当時の幼い私は「性同一性障害」という言葉も知らず、ただ、周囲が思う「普通」に対する違和感だけが膨らんでいった。クラス中に「オカマ」と呼ばれ、学校でも帰ってからも一緒に遊ぶのは女子だった。私には女子が同性で男子が異性だったから。それも周囲から見れば違和感があったのだろう。

 ある日、私はクラスの朝礼で先生に呼ばれ、皆の前に立たされた。そして先生は私に、「あなたはどうして女子としか遊ばないの? 気持ち悪い。オカマなの?」と言った。クラス中から笑い声が上がり、私は目の前が真っ白になった。その日の帰り道、自分に問い続けた。「自分はそんなに変なのか?」。それから極力、自分を抑えて男子とも仲良くするように努力した。「これが普通なのだ」と自分に言い聞かせて。だけど一人になるとあの日、先生が言った言葉を思い出して涙が流れた。「自分は何者なのか、どうして自分らしくいてはいけないのか」。心の中で繰り返していた。

現代の教員と交流 時代の変化を実感

 2014年3月、沖縄県で「GID(性同一性障害)学会」が開催され、私も演者として講演をさせていただいた。その中で、現在の学校教育に携わる先生方とお会いして感動した。生徒が性同一性障害の可能性がある場合、学校側としてそのことを受け止めた上でどう対応していくか、生徒にとって一番良い環境をどうしたら用意できるのか――。熱心に生徒の「性」について考えている現状に、時代は変わったのだと思った。

 私は、性同一性障害の当事者に、自分と同じような思いはしてほしくない。「性」以前に私たちは同じ「人間」だ。教育機関で生徒と接する教育者に知ってほしい。教育に関わり、指導する大人が正しい知識もなく、偏見を持ち、軽率な発言や行動をすれば、一つの命を失う危険性さえあるのだと。

 私が生きた10代は、「自分とは何者なのか?」「普通とは何なのか?」という二つの問いとの戦いだった。

ニューハーフと出会い、自分を知る

 小学校の6年生が終わる春、私はある憂鬱ゆううつでいっぱいだった。同じ小学校に通っていた同級生も、ほぼみんな同じ中学校に入学する。進学してもまた同じ環境に置かれる。自分を抑え、偽り、無理をして男子のふりをしなければならないのだ。

 その頃、テレビの中にある存在を見つけた。「ニューハーフ」と呼ばれていた人たち。その人たちのドキュメンタリー番組を見て私は思った。「これが自分なんだ!」。たった1時間ほどのテレビ番組の内容に、私が求めていた全てがあった。

 「自分は何者なのか、本当の自分はどう生きたいのか」。答えを見つけた私は次の日の朝、母に「おはよう」という言葉も言わず、こう言った。「お母さん、私ニューハーフやわ」と。母は一言「そっか」と言った。私は続けて「だから中学もこれから先も女で生きていきたいねん」と告げ、母は「わかった! じゃあ今日から女の子やな」と答えた。話はそれで終わった。

 私は最初、冗談と受け止められたのかと思った。だが、母は入学する中学に行き教員たちに事情を話してきてくれた。女子として通えるようにしてくれ、帰りに女子の制服を買ってきてくれた。その時はただうれしくて、母がどう思っていたのかは知らなかった。後に母から話を聞くと、「もうずっと前から気づいて知っていた」と言った。そして、「自分で打ち明けてきたら、思うままに自分の道を歩ませようと決めていた」と。誰にも話せず、悩み泣いていた時期、私は独りぼっちだと思っていた。だけどそうではなかった。母がいた。中学入学の日、私に憂鬱はなかった。

 だけど、これで周囲の「不思議な物を見る目」は、これから「偏見」に変わるであろうと覚悟していた。それでも私はありのままで生きるスタートを選んだ。

「女子」として生き始めた中学時代

 桜の花が舞う春、私は地元の中学に入学した。同じクラス、教員、保護者、人のうわさはものすごいスピードで広がっていく。小学生まで「男子」だった私が「女子」として通う。周囲は私に対して、どう接すればいいか戸惑っていたと思う。

 心ない言葉が飛んでくることもあった。ある日、登校し教室に入ると、私の机が燃やされ真っ黒に焦げていた。そして黒板には大きな字で「オカマ」と書かれていた。その日を境に私に対するイジメのような行為は増していった。

 だが、こういう行為をする人もいれば、理解してそばにいてくれる友人もいた。そして、私の心はどんなイジメを受けても折れなかった。私も生身の人間なので、もちろん傷つく。涙も流れる。それでもくじけなかったのは、「自分らしく、ありのまま生きよう」と決めた気持ちの方が勝っていたから。ここで負けて、自分を抑えつけ、自分のままでいられない方が嫌だったからだ。

 この先、中学を卒業しても自分の人生は続いていく。もっとつらいことがあるだろう。いつかは手術もしたい。想像を絶する痛みも超えていかなくてはいけない。自分のままで生きるための長い道が平坦へいたんでないことに、私は既に気付いていた。そう考えると、周囲の偏見の目は、私を傷つけても絶望させることはなかった。逆につらいことがある度に、強くなろうと思った。自分が強くなければ自分を守れない。性同一性障害を自覚するのは自分、ならばその苦しみと闘うのも自分なのだから。

 性同一性障害から逃げ、自分をごまかして生きる道もあるだろう。でも、その道を選んでも今度は自分を抑えつける苦しみがある。ならば自分らしく闘う。自分が決めた道だからこそ、周囲が何を言おうと乗り越えていく。今思えば、周囲の環境が自分を強くしてくれたと感謝できる。

(続く)

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kanichiku_120

寒竹葉月(かんちく はづき)

1982年、兵庫県生まれ。MTF(男性として生まれ女性の心をもつ)の性同一性障害、当事者。28歳で性別適合手術を受け戸籍変更後、女性の戸籍を取得する。同時に沖縄に移住し、コラムニストとして雑誌、新聞に連載をもち、ラジオやテレビに出演。GID(性同一性障害)学会に演者として登壇。一般社団法人gid.jp日本性同一性障害と共に生きる人々の会沖縄支部副支部長を務める。現在は大阪在住。

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4件 のコメント

素晴らしいです

リョウ

寒竹葉月さんのことは今日知りました。私も男であることに違和感をもって生きてきましたが鈍感故、性同一性障害という言葉が世間で知られるようになっても...

寒竹葉月さんのことは今日知りました。私も男であることに違和感をもって生きてきましたが鈍感故、性同一性障害という言葉が世間で知られるようになっても自身は気のせいと気持ちを押し殺してきました。世間体の目も怖かったし。
手術して女になって、その後の事とか仕事とか寒竹さんのように説得力のある文面に「うん、うん…」うなづくしかありません。
自身、診断書をもらって母にカミングアウトしましたが母も疎く、?と言う感じ。
寒竹さんにこれからも注目します。

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読ませていただきました。

ふく

偏見や差別、罵声、そういったものは、なくならないのだとおもいます。 それでも、自分の大好きな人や、同じ境遇にいらっしゃる方々が少しでも生きやすく...

偏見や差別、罵声、そういったものは、なくならないのだとおもいます。
それでも、自分の大好きな人や、同じ境遇にいらっしゃる方々が少しでも生きやすくなればと、願います。
全体的な理解が少なくとも、せめて家族、友人だけでも、理解者であれば、と願います。

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感動

風の隣人

何気なく読み始めた記事でしたが、読みいってしまいました。寒竹さんの不屈の精神を尊敬します。この記事が心と身体の性の不一致に悩む多くの方を勇気づけ...

何気なく読み始めた記事でしたが、読みいってしまいました。寒竹さんの不屈の精神を尊敬します。この記事が心と身体の性の不一致に悩む多くの方を勇気づけることになると思います。続きを楽しみにしています。

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