白血病と闘う~政治部デスクの移植体験記
闘病記
「白血病と闘う」番外編インタビュー
虎の門病院分院 内科総合診療科部長・血液内科部長 和気敦さん(上)
インタビュー2人目は、虎の門病院分院の内科総合診療科部長・血液内科部長の和気敦さん(54)です。和気さんは入院中、私の主治医でした(退院後の通院では、別の医師に診ていただいています)。前回の大谷貴子さんには骨髄移植、骨髄バンクの話を主に聞いたので、今回は「上」でさい帯血バンク、「下」でさい帯血移植治療を中心に伺いました。
さい帯血提供はバンク提携の産科のみで可能…経験、技術、設備が必要
池辺 (以下、池) 入院中、大変お世話になり、ありがとうございました。
和気敦さん (以下、和) お元気そうですね。
池 闘病ブログの連載中、読者の方からさい帯血に関する質問や疑問をいくつかいただきました。私ではなく、ぜひプロの和気先生に回答をお願いします(笑)。まずは「妊婦の時、さい帯血提供の意思を伝えたが、環境が整っていないと産科で断られました。もっと多くの施設で提供できないのでしょうか」とMさんからの質問です。
和 さい帯血の採取は、お母さんや赤ちゃんから切り離したさい帯(へその緒)に針を刺して残った血液を集め、造血幹細胞の量を調べます。すべて無菌状態で行うことが必要なので、これはどこの産科でもできるわけではありません。全国に6あるさい帯血バンクと提携している産科施設にお願いせざるを得ません。経験や技術、設備のない産科がいきなりやってできる作業ではないのです。
池 私が 造血幹細胞移植情報サービス で調べてみたら、さい帯血バンク提携の産科は全国に計87施設(2016年1月15日現在)。中国・四国地方には一つもなく、九州も福岡県のみ。大都市に多く、地方に少ないなど、地域的な偏りがあるように思いました。
和 最近、産科は医師の中でも成り手が少なくなっており、マンパワーの問題もあります。出産とさい帯血採取を同時並行で、しかも安全かつ無菌の中でやらなくてはいけないので、人手が必要だし、それなりに大きな産科施設でないとできないのです。さい帯血バンクでは、採取されたさい帯血を移植に使えるように調製したうえで、マイナス196℃の液体窒素タンク内で10年間、凍結保存します。凍結さい帯血は、様々な感染症の有無も検査されます。
出産前に同意書記入、健康確認のアンケートも…採取から9か月後に公開
バンク提携の産科で受診している妊婦さんは、出産前にさい帯血バンクの趣旨を理解して頂き、さい帯血提供を決めたら、同意書に記入してもらいます。移植に用いるさい帯血の安全性を高めるため、出産から4か月以降には、お母さんと赤ちゃんの健康状態を確認するアンケートにも答えてもらいます。こうして基準を満たしたさい帯血が移植用にバンク登録され、採取から9か月後に公開されるのです。
池 次の質問は、すでに一部答えて頂いていますが、「骨髄、さい帯血はどのように集められ、提供されているのですか」(Tommyさんなどの質問)。
和 造血幹細胞移植のドナーは、どんな方でもいいわけではなく、免疫をつかさどる白血球の型であるHLAをある程度、一致させる必要があります。兄弟で一致する確率は4分の1で、昔は兄弟も多かったのですが、少子化の今は兄弟からの提供が難しくなっています。非血縁の方からいただけないかということで、大谷貴子さんらが奔走してできたのが、骨髄バンク(1991年に設立)です。ただ、非血縁者間だと数百人~2万人に1人しか合致しないため、少なくとも30万~40万人、できれば50万人のドナーが必要ということで、現在、ドナー登録者は約46万人まできました。
HLAほぼ適合なら直ちに患者のもとへ…さい帯血、2週間あれば移植可能
池 全国骨髄バンク推進連絡協議会の資料などによると、さい帯血移植は、1988年にフランスで世界初の血縁者間の移植が行われ、日本では血縁者間は94年、非血縁者間は97年にそれぞれ初めて実施されており、骨髄移植よりほぼ10年近く遅れて医療現場に登場したようですね。
和 さい帯血バンクは95年の神奈川さい帯血バンクが最初で、以後、全国各地にバンクが設立され、最多時には11ありました。財政難などで今は6バンクとなり、そのほとんどは日赤中心に事業が行われています。
二つのバンクの最大の違いは、骨髄バンクがドナーのHLA型を記録したデータバンクであるのに対し、さい帯血バンクはさい帯血そのものを凍結保存している点です。また、骨髄移植では、原則として患者とドナーのHLA型が完全に一致する必要があります。適合したら、骨髄バンクがコーディネートして、骨髄バンクと契約した医師も加え、ドナーさんの検診とともに、ドナーやその家族と2、3回の面談を行います。本人だけでなく、家族の同意も必要です。よって、だいたい3~4か月の期間を要します。悩みに悩んだ末の決断というケースも多く、この期間の短縮は今後も難しいと思いますし、コーディネートが不調に終わったり、移植のタイミングが待てない患者さんもいたりします。
これに対し、さい帯血はそうした長期の手続きは必要なく、HLAがほぼ適合したら、病院側の申し込みがあり次第、直ちに移植が必要な患者のもとへ届けられ、移植に使用することが可能で、2週間もあれば移植ができます。骨髄、さい帯血、いずれのバンクにも、一定の基準を満たした病院が移植実施施設として認定登録されています。
プライバシーを最大限尊重する観点から、原則、ドナーと患者は顔を合わさない、名前も住所もお互い知らさないという点も、骨髄、さい帯血移植ともに共通しています。
無理ない範囲でさい帯血提供の検討を…患者の選択肢広がる
池 今年2月2日現在、さい帯血の保存公開本数は、1万1244本。一時は2万本近く公開されていたと聞いていますが。
和 公開本数が減ると不安に思う方もいるかもしれませんが、以前に比べ、細胞数の多い(=移植に使いやすい)さい帯血を効率的に保存する方向になっているのです。
池 量より質を重視するようになったと。
和 ええ、1本の保管にも多額の費用がかかりますから。また、骨髄移植と違い、さい帯血移植の場合はHLAの(A座、B座、C座、DR座などの)6座のうち、2座が不一致でも移植の結果に大きな違いはないとされ、実際に移植可能です。それを考慮すると、今の保存公開数があれば、移植が必要な人の95%以上に提供できる計算になります。
もちろん、さい帯血の提供が多いほど、患者側の選択肢が広がります。妊婦さんには無理のない範囲で、バンク提携の施設での出産とさい帯血提供をご検討いただけるとありがたいですね。(続く)
【略歴】和気敦(わけ・あつし) 虎の門病院分院内科総合診療科部長兼血液内科部長 |
1962年1月生まれ。産業医科大学医学部卒。三菱重工下関造船所病院・産業医、同大第一内科助手、小倉記念病院総合診療部・血液内科医長、虎の門病院血液内科医長などを経て、2010年2月から現職。専門は、成人T細胞白血病(ATL)、造血幹細胞移植(HLA不一致移植、さい帯血移植、移植後肺合併症)。 |
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